第四章:声の主

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 「感じる。ソラ、赤い光を見てる」  「赤い光り?」  「うん。真っ暗な中で赤い光が点滅してて、 それを眺めてるの。赤い光を見ながら、莉都 ちゃんに『ごめんね』って、何度も言ってる」  「莉都に?」  その言葉にはじめ君が眉を顰め、わたしを 振り返る。ソラがわたしに謝る?何を??? 何ひとつ思い当たることがないわたしは桃々 に近づくと、目の前で腰を屈めた。  「何でソラがわたしに謝らなきゃなんない のか、全然わかんないんだけど。ソラがいま どこにいるか知りたいの。赤い光りって、も しかして横断歩道の赤信号のことかな?」  答えを求めるように桃々の目を覗き込むと、 桃々は玄関の方へ顔を向け小さく首を振った。  「……違う。たぶん横断歩道の赤信号じゃ ないと思う。遠くから、ゴトン、ゴトンって 音が近づいて来てるもん。ソラはその音がす る方を見ててね、ずっと見てて、それで……」  桃々の言葉に想像を巡らせたわたしは、あ る景色が脳裏に浮かぶ。そしてその景色の中 にソラを重ね見た瞬間、ざわっ、と全身の肌 が粟立った。  「ソラの心が壊れちゃう。ソラが死んじゃ うよ」  ぽろぽろと涙を零しながらそう口にすると、 桃々はその場にしゃがんでしまう。咄嗟に駆 け寄り桃々の肩を抱いたはじめ君が、険しい 顔を向けた。  「きっと、こっから一番近い踏切だ。どう する!?」  その問いに答える余裕もなく、わたしは弾 かれたように部屋を飛び出して行く。すると 「オレも行く!!」と論平が追い掛けてきて、 わたしに言った。  「チャリンコの鍵、持ってないだろ?オレ が漕ぐから後ろ乗れっ!全力で漕ぐから振り 落とされんなよ!!」  「うんっ!!」  玄関を出て論平の跨る自転車に飛び乗ると、 わたしは論平の腰をしっかり掴む。風を切る ように夜道を走り始めた自転車が、住宅街の 中にある踏切に向かった。歩道を歩く人影は なく、時折り通り過ぎる車のヘッドライトが アスファルトを黄色く照らしてゆく。自転車 を漕ぐ論平の顔は見えなかったけれど背中か らピリピリと緊張が伝わってきて、わたしは 逸る思いにきつく唇を噛んだ。  「アイツ、何で死のうとしてんだよっ!!」  息を切らしながら叫んだ論平に、わたしは 首を振り、声を張る。  「わかんないよっ!わたしにも何が何だか、 わかんない!だからソラに聞くしかないのっ。 早くソラを助けなきゃ!!」  「んなのわかってる、って!!」  そう怒鳴り返すと、論平は腰を浮かし立ち 漕ぎを始める。そして青信号が点滅する横断 歩道を走り抜け、角を曲がり、住宅街に入る と一目散に踏切を目指した。やがて、黄色い 窓明かりが灯る住宅街を走っていると、潮風 に乗って低い地鳴りのような走行音が聞こえ てくる。 ――踏切が近い。  そう思うのと同時に警報機が鳴り始め自転 車の進む先を見たわたしは、遮断機の向こう に立つ黒い人影を見つけた。
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