第四章:声の主

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 「あそこっ、線路に立ってる!!」  「マジかっ!走るぞ、降りろ!!」  急ブレーキを掛け自転車を飛び降りた論平 が、全速力で線路に向かってゆく。倒れた自 転車ごと道路に放り出されたわたしは、近づ いてくる電車の前照灯に照らされたソラの横 顔を見て思いきり叫んだ。  「ソラっ、死んじゃダメっ!!!」  その声がソラに届いたかどうかわからない。 けれど虚ろな顔をソラがこちらに向けた刹那、 遮断機をくぐった論平が体当たりをして二人 の体が線路の反対側に転がった。その数秒後、 轟音を鳴らしながら電車が線路を走り抜ける。 わたしは震える手で口を塞ぎ、激しく鼓動を 鳴らしながら、ただひたすら電車が通り過ぎ るのを待った。永遠に続くように感じた警報 音が止み、何事もなかったかのように遮断機 が空に向かって上がる。その向こうに倒れた ままの二人を見つけると、わたしは擦り剝い た足を引きずりながら線路の向こうに走った。  「ソラっ、論平っ、怪我はない!?」  張り詰めた声で叫ぶと、道路に横たわって いた論平がむくりと起き上がり、顔を顰める。  「オレは平気。九死に一生を得るってこの ことだな。マジで、走馬灯が見えた」  そんなことを言ってその場に胡坐を掻いた 論平に、ほっ、と胸を撫でおろすとわたしは ソラの傍にしゃがんだ。擦り剝いた膝がズキ ズキと痛みを訴えたけど、そんなことを気に している場合じゃなかった。  ソラが両手で顔を覆い、肩を震わせている。  泣いているのだと、聞かなくたってわかる。  わたしはソラの髪を撫でると、横たわった まま子どものように蹲っているソラに聞いた。  「ねぇソラ、どうしてこんなことするの? もう少しで死んじゃうところだったんだよ?」  ソラを責めちゃいけない。こんなことをし てしまうくらい、苦しんでるんだから。そう 自分に言い聞かせ、わたしは柔らかな黒髪を 撫でる。だけど、ソラは泣きながら首を振る ばかりで何も答えてくれない。その様子に眉 を顰め論平と視線を交わすと、論平はソラの 肩を掴んで無理矢理起こした。  「おい、泣いてちゃわかんねーだろっ!! 口があんだから、ちゃんと言えよっ!!何で こんなことすんのかって聞いてんだよ!!」  「ちょっと論平、言い方!」  「うっせー!そうやって甘やかすからこん な馬鹿なことすんだろ!命懸けで助けたオレ の身にもなれよっ。お前のこと心配して必死 になってる莉都の気持ちにちゃんと応えろ!」  乱暴な物言いだけど決して間違ってはいな い論平の言葉に、ソラは顔を覆っていた両手 を静かに下ろす。恐れるようにわたしに向け られた眼差しはウサギの目のように赤く、顔 は涙でぐしゃぐしゃで。わたしは初めて見る ソラのその顔に、思わず息を呑んだ。
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