お花見が目的ではない

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お花見が目的ではない

 お花見は目的じゃない。  お酒を呑みたいわけ、でもない。  自転車なんで。飲酒はダメなんです。  お花見はアンタを外へ連れ出す口実。  放っておけば、ずっと家の中でしょ?  ねぇ? 重箱くん。  こんな機会でもなけりゃ台所の天袋に押し込まれたままだから。  かと言って、昔みたいにごちそうは詰められないよ。  エビフライに玉子焼き、たこウィンナーにうさぎリンゴ、そしておにぎり。 「あの頃はよく食べたよねぇ!」  一人で思い出し笑いをする昼下がりの公園。  桜は満開だ。  重箱くんに話しかけているようで、私の心はあの人に向いていた。  先に旅立ってしまったあの人。  いつも渋々花見について来たあの人。  何についても興味を示さない人だった。  ちょっと目を離すと、すぐに本を開いていた。 「もしかすると、私にも興味がなかった?」  重箱くんに訊いてみる。答えてくれるわけがないけど。  今、天国で開いている本には何が書かれているのかな。  冒険とか恋愛とか挫折とか、そういうことが書かれているんでしょ?  なら、いろんなことに興味がわかない? 普通なら。 「読んだら実践!」  そんな気分にならなかったの?  出不精なあなたを外へ連れ出すために、桜を見にここへ来たのよね……。  お稲荷さんが並んだ重箱くんにフタをする。  年季の入った風呂敷で再びくるみ、自転車の前カゴにおさめる。  今年もお花見は終了。  勢いをつけてペダルをこぎ出す。  またあの人との思い出が詰まった重箱くんを連れて、出かけよう。  来年の春もこうして桜を見上げたい。  そう思いながら、公園を後にした。 (おわり)
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