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権巌への平手打ちをしたことを改めて謝りに行くかどうするか、悩んでいるうちに仕事を言い付けられそれに没頭した。 陽与梨は客人扱いを受けてはいるが、自身望んで雑用を承っている。
これは権巌に言われたことでもあり、自身何もせず惚けていると精神がおかしくなってしまいそうという理由からであった。 陽与梨は自分の仕事にひと段落がつくと一人街へ出ていた。
城にいると権巌が暇潰しにやってくるため極力接触しないよう街へ出ることが多い。
―――あぁ、余計に権巌様と気まずくなっちゃったな・・・。
―――もう嫌、お城に住むの。
―――早く帰りたい・・・。
と思うが陽与梨には行く当てがないため城に縋るしかない。 トボトボと歩いていると、町人が家族へ向けて楽しそうに話しかけていた。
「おーい! 今日は満月なんだってよー!」
「本当に!? ならお団子をたくさん作っておかないとねぇ!」
妻なのか女性の嬉しそうな声が聞こえる。 同時に陽与梨も笑顔が零れた。
―――今日は満月・・・!?
―――もしかしたら今日帰れるチャンスなのかもしれない!!
その会話を聞いて陽与梨は急いで城へ戻ろうとする。 しかし思わぬ不幸に巻き込まれることになった。 町では露店での商売が多く行われていて、そこで明らかに商品を盗んでいる泥棒を目撃してしまう。
これが現代日本なら正義感を発揮して泥棒を取り押さえようなんて気持ちにもなったかもしれない。 しかしここはまるで違う世界。 そこらを歩く人が腰に刀を差していたりするような場所である。
特に武芸の心得があるわけでもなく、ただただ一般女性の平均を絵に描いたような陽与梨に何とかできるはずもなかった。
「ど、泥・・・ッ!」
口の奥から出てくるへちまの抜け殻のようなか細い声では泥棒を制止させることも叶わず。
―――え?
気付けばその男は商品を手に持ちながら陽与梨へ向かって走ってきていた。
「どけッ!!」
「痛ッ・・・」
男に吹き飛ばされ尻もちをついた。 ただそのまま逃げ去ったことを見ると危害を加えるために走ってきていたわけではないらしい。 しかし怪我はないが下駄の鼻緒が切れてしまっている。
―――嘘ぉ!?
―――今はお金も持っていないし、これじゃあ帰れないよ・・・。
朝からツイていなく途方に暮れ困っていると近くから声がかかった。
「姉ちゃん、大丈夫?」
偶然通りがかったのか少年が近付いてきた。
「あ、うん。 怪我はないよ」
「よかった。 でも鼻緒が切れちゃっているね」
「そうなんだよね。 これじゃあ歩けなくて・・・」
「貸して! 僕が直してあげる」
「直せるの?」
道具もないため半信半疑だったが手際よく少年は直し始めた。 盗人は街の人によって捕えられたようだ。
「ありがとう。 君のお名前は?」
「奏思(ソウシ)だよ」
「私は陽与梨。 奏思くん、とても手先が器用なんだね」
「そうかな?」
「直してくれて本当にありがとう。 お礼をしたいからよかったら私の部屋へ来ない?」
「お礼だなんて、そんな!」
「無償でだと私が落ち着かないの」
拒む奏思から何とかOKをもらい城の裏口から入って自分の部屋へ向かった。 流石に関係者でもない人間を表立って招くわけにはいかない。
「ここがお姉さんの住んでいる部屋? 凄過ぎない・・・?」
「はは、私は凄い人でも何でもないんだけどね。 適当に座ってて。 お菓子をたくさん持ってくるから待っててね」
そう言って自室を出た。 普段暇があればお菓子を作ったりもしているためストックしていたお菓子をお盆に乗せる。
―――普段は一日でこんなに食べないけど今日だけは奮発しちゃおう。
お盆を持ちながら自室へ戻ると奏思は辺りをキョロキョロと見渡していた。
「どうしたの?」
「え、いや・・・」
「急にこんな場所へ連れてこられて緊張しないわけがないよね。 はい、これ。 全部奏思くんのものだからたくさん食べてね」
「こんなにたくさん!? 本当にいいの?」
「もちろん、だから持ってきたんだよ。 それに今日、私機嫌がいいんだ」
「わぁ、ありがとう! いただきます!!」
美味しそうにお菓子を頬張る奏思。 それを見るだけでも幸せな気持ちになる。
「ねぇ、奏思くんの家はどこにあるの? ここら辺?」
「まぁ」
「よかったら送らせてほしいな。 奏思くんのご両親にもお礼を言いたいし」
「そんなの大丈夫だよ。 ・・・僕はあまり家へ帰りたくないんだ」
「・・・そうなの? どうして?」
「両親はいないし今は親戚の家にいるんだけど僕には合わなくて」
「そっか・・・。 無理を言ってごめんね」
「ううん。 でも今日の夜は雷が鳴るらしいんだ。 雨も降るかもしれないし野宿するわけにはいかないから、どうにかしないとね」
その言葉で陽与梨はハッとした。
―――・・・雷だって!?
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