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奏思の言葉に耳を疑った。 陽与梨にとって雷と満月は今最も気になる単語だった。 思わず前のめりになって尋ね返してしまう。
「奏思くん、雷って本当!?」
「ほ、本当だよ?」
突然大きな声を出されたからかビクリとする奏思。 その返事に思わず顔を綻ばせていると奏思に不審がられた。
「・・・もしかして雷なのを喜んでるの?」
「うん!!」
「へぇ、おかしな姉ちゃん・・・」
そう思われるも陽与梨は気分が最高潮だった。 もう権巌に平手打ちを放ったことなど忘れ去っている。
―――よかった!
―――本当に今日帰れるかもしれないんだ・・・!
―――もうこことはおさらばなんだ!!
陽与梨にとってこの世界は異質としか言いようがない。 いや、言うなら陽与梨の存在そのものが異質なのだ。 自分が何故ここへ来たのか、何をするべきなのかも分からず、ただ日々を過ごしてきた。
思い出がないと言えば嘘になるが、人が簡単に死ぬ世界で陽与梨の精神は日々すり減っていっている。 奏思は嬉しそうにお菓子を食べていたが次第に食べる手が遅くなっていた。
「どうしたの?」
「そろそろお腹がいっぱいで・・・。 こんなにお菓子をたくさん食べたことがなかったからもう幸せで、温かい気持ちになっていたら眠くなってきちゃった」
そう言われ陽与梨の心も温かくなった。
「そっか。 いいよ、お昼寝する?」
「いいの?」
押し入れから枕を差し出すと本当に奏思はぐっすりと眠ってしまった。 奏思に布団をかけてあげる。
―――たくさん食べてすぐに寝て本当に可愛い子供だな。
―――それに私が作ったものをたくさん食べて幸せになってくれたのは素直に嬉しい。
―――・・・そうだ、今日のことを侑生(ユウセイ)くんに報告しなきゃ!
―――やっぱり一番最初に伝えたいと思うのは権巌様よりも侑生くんだよね。
奏思が目覚めないことを確認すると陽与梨は侑生の部屋へと向かった。 侑生は陽与梨の世話係でもありタメ口でも話せる気を遣わなくてもいい相手だ。
「侑生くん、今平気!?」
侑生は取り込み中だったが快く受け入れてくれた。 普段は諜報活動のようなことを行っていて色々な知識を持っている。
身のこなしも軽やかで身体はそれ程大きいタイプではないが陽与梨は誰よりも頼りにしていた。
「ごめんね、急に押しかけて」
「そろそろ休憩を入れようと思っていた頃だから大丈夫だよ。 それよりもどうしたの? 今まで以上にとても嬉しそうだね」
「うん! 今日、満月っていうのは知ってる?」
「あぁ、今朝そのような話は聞いたかな」
「それに加えてね、今夜は雷が鳴るかもしれないんだって!」
笑顔で言うと侑生は驚いた表情を見せた。
「雨が降るかもしれないとは聞いていたけど、雷まで。 ・・・ということは、陽与梨は今日自分の故郷へ帰れるチャンスかもしれないんだ」
「そうなの!」
「よかったね」
「本当によかった! もう何日この時を待っていたか・・・。 って、侑生くん? どうしたの?」
確かに陽与梨と一緒に喜んではいるが侑生の表情の暗さには流石に気付いた。
「あぁ、いや。 もう陽与梨と出会って三ヶ月は経つから突然のお別れは寂しいなって」
そう言われてハッとした。 帰れるかもしれないということで喜んでいたが、帰ったらもうここへは二度と戻れなくなるかもしれないのだ。
「・・・そうだよね。 侑生くんと離れちゃうのは私も寂しい」
その言葉に侑生は微笑んだ。
「でもちゃんと自分の居場所には戻らなきゃ。 やっぱり陽与梨にこの場所は似つかわしくないから。 権巌様にはもう言った?」
「これから言いにいこうと思ってる。 一番最初は侑生くんに伝えたかったから」
「それは嬉しいな」
「・・・まぁでも、権巌様がすんなり頷いてくれるとは思わないけどね」
「そうだよね、権巌様はとても陽与梨のことを気に入っているから。 といってもこのチャンスを逃すわけにもいかないか。 僕も一緒に行こうか?」
確かに侑生がいてくれた方が大分心強い。 その言葉に迷ったが陽与梨は悩んだ挙句首を横に振った。
「ううん。 これが最後かもしれないし私一人で行ってくるよ」
「分かった。 また後でね」
侑生に挨拶を終えるとこの場を後にし権巌の部屋へ向かうことにした。
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