平穏時代物語

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平穏時代物語

目の前には山のようなスイーツが並んでいた。 赤、白、緑、色とりどりのフルーツが光輝いており陽与梨(ヒヨリ)の心を奪う。 ―――わぁ、美味しそうなケーキがたくさん!! ―――久しぶりだし何から食べようかなぁ。 ―――一番大好きなタルトにしようかな、でも王道のショートケーキも捨て難い・・・ッ! しかし、どこかおかしい。 これだけ大量のスイーツがあるというのに全く香りが届かないのだ。 甘い匂いも立ち昇る紅茶からの香ばしいはずの香りも一切しない。 更には手を伸ばすとこれらは何故か自分から離れていってしまう。 ―――え、何、何事!? いくら追いかけてもケーキに届くこともなく、次第に速度が上がり終いにはケーキたちは遠くへと消えていってしまった。 ―――あぁぁ、ケーキ待ってよぉぉぉ・・・ッ!! 「はッ!」 薄々勘付いていたが夢から覚めると、待っていたのは更に夢のような光景だった。 当然、スイーツの“ス”の字もなく、辺りに広がるは純和風を絵に描いたような部屋。 だからといってイグサのいい香りがするわけでもなく、出てくるのは心の底からの溜め息だけ。 ―――ケーキが食べられると思ったのは夢だったの・・・。 ―――そりゃあそうだよね、ここにはないんだもん。 ―――まだケーキと出会うのはお預けかぁ。 そのようなことを思っていると廊下からドタバタと忙しそうな足音が聞こえてくる。 つられるように陽与梨は襖を開けて顔を覗かせた。 たくさんの男性が忙しなく廊下を行き来している。 「・・・あの、どうかしたんですか?」 丁度目の前を通った男性を呼び止めた。 「あ、陽与梨様おはようございます。 お早いですね。 たった今権巌(ケンガン)様が戦を終えたようで」 「こんな時間に戦があったんですか!?」 「はい。 深夜遅くに隣地からの襲撃がありまして権巌様も直々に向かわれたそうです」 「その権巌様は今・・・」 「我々の勝利。 もうじき戻られると思いますよ」 「よかった・・・!」 安堵したのは間違いなかった。 それを見た男性は微笑ましそうに笑う。 「本当に陽与梨様は殿様がお好きですね」 「ッ、それは違います!!」 顔を赤くしながら襖を思い切り閉めた。 慌ただしく戻っていったのはおそらく迎えの準備のためだろう。 ―――本当にここは戦が絶えない。 ―――休まる時間もないなんてもう嫌だよ・・・。 まだ肌寒いため普段起きる時間よりも大分早い。 だがもう一度寝る気分ではなく布団をしまい自分の仕事である食事の準備へ向かう。 「今日は朝早くからご苦労様。 陽与梨ちゃんのご飯は部屋へ運んでおいたからね」 「はい。 ありがとうございます」 陽与梨の仕事は調理と配膳である。 ただ人数が人数のためそれだけでもとっても大変だ。 片付けは担当の者に任せ自室へと戻る。 その頃には用意されていた食事はすっかり冷めてしまっていた。 とはいえ、熱々のものを食べられる機会はあまりなく、冷めても美味しく食べられるよう工夫されている。 一人手を合わせ、食事に手を付ける。 そこでふと殿の権巌のことが頭を過った。 ―――・・・本当はどうでもいいのに何故か気になる人。 ―――どうしてだろう。 ―――ああいう人とは今までに出会ったことがなかったからそう思えるのかな。 どこか落ち着かず朝食後権巌の部屋へ向かうことにした。 話によれば戦の後でもしかしたら怪我の一つでもしているのかもしれない。 ただそんな陽与梨の思いとは裏腹に権巌は既に自室で戦の恰好から着替えて朝食をとっていた。 リラックスした様子で怪我などは見当たらない。 「おぉ、陽与梨じゃないか。 珍しいな、陽与梨自ら俺の部屋へ来るなんて」 権巌は箸を置き嬉しそうに笑っていた。 「もしかして心配していたのか?」 「・・・いつまで戦をするつもりなんですか?」 尋ねると権巌は真剣な表情で返してきた。 「いつまで、ではなく戦は終わらない。 それが今を生きている俺たちの宿命なんだ」 それを聞いて嬉しい気分になるはずもなく。 権巌は俯いた陽与梨を見て立ち上がると陽与梨にズイと近付いてきた。 「いつも言っているが俺にはそのふくれっ面をよく見せるな」 「この顔にさせているのは権巌様ですよ」 「まぁ、そう言うな。 陽与梨は今日予定はあるのか?」 「何故ですか?」 「あるならそれを断ってこい」 「だからどうして・・・」 「今日は俺と二人で出かけようじゃないか」 「ッ、だから二人きりなんて嫌です!!」 「いつも断るな。 何故だ? この誘いが最初で最後だとしてもか?」 「当然です! 絶対に権巌様とは出かけませんからッ!」 背を向けてこの場から去ろうとする。 「おい、待て陽与梨」 だがその時権巌に肩を掴まれた。 「ッ、嫌!!」 その行為に咄嗟に反応し権巌をビンタしてしまった。 それがそうしたかったのか無意識だったのか、それとも単に反射的なものだったのか陽与梨にすら分からなかった。 ただジンジンと滲む掌の痛みに少しずつ冷静さを取り戻していく。 「え、嘘・・・。 どうして・・・?」 今の状況で困惑する陽与梨に権巌は何も言わず軽く俯いていた。 それにより再度頭が混乱しパニックに近い状態になる。 陽与梨からでは権巌の表情が窺えないのも混乱を後押しした。 「・・・し、失礼します」 居たたまれなくなり陽与梨は走ってこの場を後にした。
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