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それから数日後。
彩希はチバケンに社会準備室へ呼び出された。
「怪物退治は副業だ」
そうチバケンは説明した。
あの怪物を食べたあと、彩希の異常な食欲は治まっていた。
朝ごはんはおにぎりひとつとおみそ汁。
昼は小判型の小さな弁当箱で十分だった。
なにより、飢餓感から解放された穏やかな精神状態でいることで勉強にも遊びにも集中できることがありがたかった。
「怪物ってなんなの?」
「怪物、化け物、モンスター…呼び方はいろいろあるが、まあ人間を捕食する有害で危険な存在として、いつから居るのかどこから来たのか何もかもアンノウンな生命体ってところか」
ざっくり過ぎる説明なのは、チバケンもそう詳しく怪物を理解していないからだ。
「怪物たちは普段はどこにいるの?」
「さあな。人間とは棲む場所をズラして棲息しているのかもな」
「チバケンはどうして怪物を退治してるの?」
「中学生の頃、帰省してた母方の田舎で怪物に襲われたんだ。とっさに手で押しとどめようとした時、電撃が発生して…特異体質かなんらかのギフトなのか、とにかく怪物を倒せる力を持っていることがわかって…。人間の生活圏へはみ出してきて、人間を捕食する怪物を退治してもらいたいと依頼は結構あるんだよ、専用のSNSまである。でも一つ問題がってあまりたくさんの依頼は受けられないけど」
「問題って?」
「怪物の死骸、処理が結構面倒でな」
怪物は死ぬと強烈な悪臭を放つ。
しかもその悪臭によって、仲間の怪物を呼び寄せてしまうという厄介な特徴があった。
なので、退治者は仕留めると同時に死骸の処理についても対策することを求められるのだ。
死骸は簡単には分解されず 有害な廃棄物としてドラム缶に詰めて埋め立てる、海底へ投棄する、高温炉で数日かけて焼却処分するなどなど、手間も時間もかかるうえ、処理費用は報酬の中から退治者が負担するので、退治した怪物が多いと負担も当然、増えてしまう。
「退治費用の3割ほどを死骸処理に回すこともあって、赤字ギリギリ、働くだけ損、みたいなケースもあるんだ」
「ボランティア、みたいな?」
「近いかも。ただ、厄介な死骸処理にも例外があってだな」
と言ってチバケンは 伺うような表情で彩希を見た。
「本当にあの後、吐き気や下痢、発熱なんかの体調不良はなかったんだよな?」
「ぜーんぜん! むしろ異常な空腹も空腹のせいで集中力が落ちることもなくて絶好調ですけど」
彩希は本心から断言した。
「そうか…」
「で、その死骸処理の例外って?」
「食べる」
チバケンは簡潔に説明した。
「美味しいもんね」
「あの怪物をうまい、と認識し食べて消化することが出来る存在がいると噂では聞いたことあったが」
「もしかして希少?」
「オレがいままで知ってるイーターはマスチフ犬とイノシシだけだ」
「あたし、特異体質なんだ」
と彩希は不思議な気がして呟いた。
「怪物退治なんて誰でも出来る事じゃないのにどうして副業なの?」
「職業『怪物退治』でローンの審査は通らない。部屋も借りられないし、彼女が出来てもご両親に結婚を承諾してもらえない」
なるほど、高校の歴史教師に比べるとたしかに生活上、不利なことは多そうだ。
「一体倒したら退治料ってどれくらい?」
「交渉次第でいくらでも」
依頼者は状況や報酬金額、その他条件を、オカルト寄りのSNSへ投稿する。
投稿を見た退治者が依頼主に取引を申し込んで交渉、依頼が成立するながれだが、
「依頼に対して退治者が少なすぎて、言い値が通る現状だよ」
「いくらでもぼったくれるんだ」
「その中に移動交通費、武器調達費、死骸の処理費がコミコミなんだぞ。第一、危険手当がついてない」
とチバケンは心外だという顔をした。
「危険で大きな怪物は依頼料も高額だけど、後処理が大変すぎてなかなか手が出せない」
先日の怪物も産廃業者に処理を依頼するつもりだったが、彩希が食べ尽くしたおかげで処理費用が浮いた。
「だから、これは西宮の取り分」
差し出された封筒はかなり分厚く、彩希は尻込みした。
「ご馳走になったうえにお金なんて受け取れないよ」
「じゃ、卒業まで預かっておくから忘れずに受け取りに来いよ」
そう言ってチバケンはごちゃごちゃと本とプリントが積まれた事務机の引き出しに封筒を投げ入れた。
「ねえ、待って」
彩希は言った。
「受け取る気になったか?」
「うん、受け取る!」
満面の笑顔になった彩希を、チバケンは不思議そうに見返した。
それが最初の報酬だった。
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