お腹が空いたら

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 お腹、空いたな  がこのところ、彩希が1日に1番口にする言葉だ。  朝、前夜の残り物やお弁当のあまりのおかずで白いごはんを3杯、味噌汁で流し込み、登校途中のコンビニで買ったおにぎりを2つ、教室につくなりパクつく。  1、2時間目は気合いで乗り切るも、3時間目が終わった10分間の休み時間に、兄が高校生の頃使っていたB5ノートサイズのいわゆる『ドカベン』に母親がぎゅーぎゆーに詰めてくれたお弁当を掻き込まないと、4時間目の授業中前後左右の級友たちに心配されるほど、腹の虫が騒ぎ立てる。 「あーお腹空いたな」  キツネうどんにミニ天丼と小鉢の付いたキツネ定食を食べながら、彩希はもはや口癖になっている台詞を吐いて、向かいの席で手のひらに乗るほど豆っちいお弁当を食べていた結子を苦笑させた。 「食べながらお腹空くって」 「自分でもそう思うけど、本当にまだまだずっと食べていたいくらい空腹」 「もう、フードファイターになるしか満足する道はないね」 「食べたいだけ食べて、あわよくば賞金まで貰える夢の職業だよね」 「進路希望に書いてみたら?」 「チバケンにしばかれそう」  チバケンは担任の男性教師だ。  色白で優しい顔立ちをしているせいもあって、生徒からは親しみを込めて『チバケン』のあだ名を付けられている。  ちなみに出身は奈良県らしい。 「まだ時間あるよね! 一個だけパン買ってくる」 「まだ食べるんだ」  呆れ顔の結子。   彩希は学食に隣接している売店でビッグミラクルカツサンドを買った。  五時間目の後、教室で食べるか、それとも講義が始まる前に塾の隣の公園で食べるつもりだ。 「西宮、今から昼飯か?」  売店のおばちゃんに代金を支払っていると、廊下を通りかかったチバケンと目が合った。 「えっとこれはその……」 「3時間目の後、弁当は食い終わってたもんな」 「ええ、まあ……」 「あれ、でも西宮、食堂でも食ってたよな?」 「はあ、まあ……」 「もう! お年頃なんですからそんな大食いみたいに言わないであげて!」  カツサンドを抱えて口ごもっていた彩希のかわりにおばちゃんが声を張り上げてくれた。 「お、おう、わるいわるい」  その剣幕にチバケンは頭を掻きながら謝り、そそくさと廊下を歩き去って行った。 「ありがと、おばちゃん」 「彩希ちゃんは大得意さまだからねぇ」  丸い体を揺すっておばちゃんは笑った。 「だけど羨ましいわ、いくら食べても太らない体質なんて、得よね」  そうなのだ。  彩希は自分でも時々、怖いくらいの量を食べているのに、一向に体重は増えず無駄なお肉も付かない。  それどころか、このところ制服のスカートがゆるくなってきている気さえする。    昼休み終了の予鈴が鳴った。  彩希は大事なカツサンドを抱えて教室へ戻りながら、平たいお腹をさすって首を傾げた。  まさか寄生虫とかいないよね!?  ちょっと昔の都市伝説に、腸内に巣食った素麺みたいな寄生虫に栄養を全部吸い取られて、ガリガリに瘦せ細って死んでしまった宿主の女性の話があった。  ダイエット目的で寄生虫の卵を飲んだとかなんとか。  まったく心当たりはないが、思わずその可能性を考えてしまうほどの空腹感と身につかなさなのだ。  それにつけても。  あ~お腹空いたな。  彩希はまた考えていた。
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