お腹が空いたら

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   ありきたりな噂話と高をくくっていたことを、彩希は今心から後悔していた。  遊具の後ろ、平戸つつじの植栽がこんもりと盛り上がっている合間に、うごめく人でも犬でも鳥でもない巨大な丸いシルエットに目が釘付けになった。  同じ瞬間、相手も彩希を見つけたのがわかった。 「きゃあ」  彩希の悲鳴を契機にして、緑と黒の絵の具を指でデタラメにかき混ぜた、前衛アートみたいな色彩の巨大な頭を振り回しながら、「怪物」がすごい速さで地面を這いずってきた。  細い手足がチャカチャカと器用に動いてその大きな頭を運んでいる。  頭には顔の半分を占める大きなむき出しの一つ目と、その下に横長の切れ目のような口が付いていて、鋸歯状の鋭利な歯がならんでいるのが見えた。  小学生が描きそうなわかりやすいモンスター。  彩希はこけつまろびつ東屋を飛び出し、本能的に広場ではなく木立の方へ逃れた。 「ぐぎゃっ」  怪物は嬉しそうな叫び声をあげ、彩希の後を追ってくる。    やだやだやだやだ!  必死に走る彩希にたいして、怪物は蜘蛛の足のように細くて長い複数の手足を使って優雅に間を詰めてくる。  舌なめずりをしながら。    もうだめだ、追いつかれる。  息が切れて、足がよろめく。  木立の向こうは賑やかな日常があるのに。  カラフルで煽情的なネオンの光が涙で滲む。    ケヤキの幹に手をついて、彩希は立ち止まった。  細い手が何本か彩希に向かって延びてくる。  身動きもとれず、彩希は目をつぶった。
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