お腹が空いたら

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でも、覚悟を決めて待ち受ける彩希に、最初の痛みは訪れなかった。 「大丈夫か!?」  目を開けると、怪物と彩希の間に見慣れた後ろ姿があった。  ビニール傘で怪物の手を振り払って応戦するチバケンだった。 「チバケン!?」 「わっ、こいつ! 変な液体飛ばしてくる」  怪物が口から噴射する黄色い汁を器用に傘で打ち返しながら、チバケンは嫌そうに顔をしかめた。 「触るなよ、酸だ」 「酸!?」    たしかに黄色い汁からは揮発性のインキみたいな異臭がし、地面に落ちた汁はじゅわっとヤバそうな音を立てて落ち葉を焼いている。  ビニール傘では圧倒的な不利ではないのか。  それでもチバケンは唯一の武器であるそれを拠り所に、彩希を庇ったまま少しづつ怪物から遠ざかりつつあった。 「西宮、公園の出口まで走れるか?」 「無理、簡単に追いつかれるよ」 「いいから! 合図したら走れ」  チバケンが怒鳴った。 「え、はい」  チバケンのそんな真剣な顔を見るのは初めてだった。  チバケンはバサッと傘を開きながら怪物の前に進み出た。  怪物が一瞬、チバケンに気を取られた。 「行け!」  チバケンが叫んだ。  彩希は逡巡をかなぐりすてて、駆け出した。    ぐぎゃっ  彩希を追おうとした怪物の目玉にチバケンが傘を投げ付けた。  わずらわしそうにそれを手で払いのけ、怪物はチバケンに構わず彩希を追いかけた。  狙いはあくまで彩希のようだ。 「待てよ」  不機嫌そうなチバケンの声。  思わず彩希は振り返った  チバケンが地面を蹴って飛びあがる。  人間離れした跳躍で、怪物の頭の上に手をついた。  次の瞬間、  バリバリバリ  一瞬、暗かった公園を照らした閃光。  怪物はチバケンの指先から放たれた電撃を受け、身体を硬直させて地面に倒れ伏した。 「ぎゅるぎゅる~」  プスプスと煙を吐き出して、もがいている。 「チバケン!」 「来るな」  チバケンは肩で息をしながら、怪物を見下ろしている。  怪物はパタパタと甲斐なく手足を動かしているが、もう立ち上がる力はないようだ。  チバケンはもう一度、怪物の頭に手を置いた。    ズドン  光は見えなかったが、なにか膨大なエネルギーの塊がチバケンの手のひらから怪物に伝わったのがわかった。  内側から激しく燃焼した怪物は、声もなく絶命した。 「西宮、ケガないか?」    その死を看取ってから、チバケンは思い出して振り返った。  そして予想外の教え子の行動に目を見開いた。
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