オープンまでの道のり、どうやら魔法が存在するようです

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オープンまでの道のり、どうやら魔法が存在するようです

「はあ、やっとここまできたかぁ」  葉月美桜は腰に手を当て、店内をぐるりと見回す。  明るい木目調の床に、四人掛けのテーブルが二つと二人掛けが三つ、カウンターには五席。  こじんまりとしているけれど、所々にグリーンの鉢植えを置き、窓には白のレースのカーテン。白磁に小花模様の可愛いティセットが棚にずらりと並ぶこの店は、美桜の念願、ハーブティー専門店だ。  苦節三十数年、いや、生まれた時から決めていたわけではないからこれはいい過ぎか。幼い時に両親を亡くし、親戚をたらい回しにされ最終的に預けられた施設でハーブティーを知ったのが中学生の時。  お店を持ちたいと思ったのは高校生の時。  卒業してからは、友達が大学やコンパやサークルやら、遊んでいる中ひたすら働いた。働いていない時はハーブの本を読んで、ハーブティーを飲みに行き味を覚え淹れ方を覚え。  そして、アラサーにして念願のお店を持ったのだ! 「明日が開店かぁ」  感慨深いものがある。  開店のチラシは一週間前から駅で配ったし、近所のマンションのポストにも入れた。準備は万端。とはいえ開店早々、満員御礼なんて期待はしていないけれど。  とにかく、やれることはやった、と首からかけていたエプロンをとり、カウンターの向こうにあるキッチンに向かう。キッチンの奥には階段があり、そこを上がれば住居スペースとなっていて小さな部屋と風呂、トイレがある。  都心から少し離れた場所にある、築五十年の民家をリフォームして作った店舗兼住居。その住居部分に美桜は足を踏み入れたのだが。 「あぁ、今日こそ片付けようと思っていたんだった」  床には脱ぎ散らかした服と、読みかけの雑誌と本が積まれ、そして崩れている。 「ま、いいか。明日で」  昨日も、一昨日も、なんなら一ヶ月前にも言った台詞を口にしながら足元の服を足でどけながら進む。横着にもほどがある。  唯一褒められるとしたら、生ゴミの類だけはきちんと纏めゴミの日に出している。  飲食店が一階にあるので、仕事の延長としてそれだけはちゃんとしている。言い換えれば、仕事はきちんとする、いや、人並み以上にできるのだ。その反動からか、プライベートは目も当てられないのたけれども。 「えーと、パジャマ、パジャマ」  ベッドの上にまで積み重なっている本や鞄をぽいぽい投げると、枕の下から出てきた。なんで?  しかし、それもいつものことと、気にせず手に取り着ようとした。  その時だ。いきなり部屋がぐらりと揺れた。始めは下から突き上げるように、そのあとは大きな横揺れ。 (地震? こんな時に? あっお店のティカップが割れちゃう!!)  慌てて立ち上がり階下に向かおうとしたその瞬間、電気がプツリと消えた。そして唐突に感じる墜落するかのような浮遊感。フリーフォールに似たような、足元にぽっかり穴が空いてそこに落ちていく感覚が全身を包む。 「ひっ、きゃーー!!!!」  美桜の悲鳴だけが、暗闇に木霊した。 (痛い……)  しこたま背中を床に打ち付けた美桜は、のそりと身体を起こす。真っ暗な室内に窓から月明かりが差し込み、床に窓の形分の明るさが浮かぶ。 (夜?)  さっきまで夕方だったはずなのに、と部屋を見回すも月明かりでは良く見えず。  あれだけの地震だったのだから誰か騒いでいそうなのに、耳を澄ませど何も聞こえてこない。 (外に出た方がいいのかな)  地震なら、また揺れるかも知れない。店の状況も気になるし、美桜はひとまず階段を降りることにした。階段を踏み外さないように慎重に降り、扉を開けるとまずカップとハーブが入った瓶を確認する。  幸い、どちらも無事でほっと胸を撫でおろすと、外はどうだろうかと入り口の扉を開けた。    カラリと小さな音が闇に良く響く。  恐る恐る外に出た美桜は、そのまま目を見開いて立ちすくんだ。  広がる瓦礫の山の方がずっとリアリティがあっただろう。  なぜなら、目の前に広がるのは大きな一本道とその向こうに等間隔で並ぶ木々。高い建物どころか平屋の民家すらない。ただただ、空にぽっかり黄色の月が浮かんでいる。 (もしかして私、頭を打った? これ、夢よね)  それともここがあの世だというのか。  どう考えても、コンクリートの細路地ではない。  濃い緑の香り、足元は土、目の前にある広い道だって舗装されていない。のっそりと伸びるその道の先。左手側を見れば林の中に消えていってどこに繋がっているのか見当もつかないし、右手側は真っ暗だ。  道路を挟んだ向こう側の木には、白い小さな花が咲いているのが月明かりの下かろうじて見えた。果実のような甘い匂いはそちらから流れてくる。 (ここはどこ?)  後ろを振り返ると、そこには見慣れた赤い三角屋根のカフェ兼住居が、周りの景色に全く馴染まず立っていた。  どれほど立ち尽くしていただろう。ジャッ、ジャッと砂利道を歩く音が聞こえてきたと思うと 「あれ〜? こんな所にお店なんてあったかしら?」  野太い濁声が、林じゃない方から聞こえてきた。声質と口調が一致していない。とはいえ、人には違いない。  元来の性質か、早くに両親をなくし幼少期に親戚をたらいまわしにされ引っ越しを繰り返したせいか、美桜は適応力が高く度胸がある。中学生になってからお世話になった孤児院にだってすぐに馴染んだほど。  だから、闇夜に響く声にも臆することなく自らその声のする方へと向かう。もはやこの声の主こそこの状況における光明だ。 「あのー、すみません。いきなりのことでよく分からないんですが……」 「うん? 何なにぃ〜?」  近寄ってくる足が千鳥足。これは明らかに酔っぱらっている。人選間違えたかな、っと思わないでもないけれど、そもそも選ぶ余地がない。 (うん? なんかでかくない? いやいや、でかいって!!)  近づくにつれ迫力をますシルエットは、優に二メートルを超えているんじゃないだろうか。  細身ではあるけれど、引き締まった体躯をしている。にも拘わらず着ているのは赤いワンピース、脹脛ほどの丈からのぞく足はハイヒールに不釣り合いなほど逞しい。  茶色い髪を緩く巻き、目元パッチリメイクだけれど、広い肩幅や飛び出した喉仏。  いろいろ混乱しそうな情報から、美桜は瞬時に職業を把握した。   「……あの、私、気がついたら急にここにいて」 「急に?」 「はい。地震が起きたと思ったら」 「地震?」  話しながら、自分は何を言っているのだろうと思う。事実を延べているのに話が通じる気がまったくしない。逆の立場なら、近寄ってはダメな人認定をして愛想笑いで立ち去るところだ。  それなのに、赤い服の人物は、ふさふさまつ毛をパチパチさせるだけ。  間近で見るその顔はびっくりするぐらい整っていて、顔だけ見れば綺麗なお姉さん。身体とのギャップが凄すぎて脳内が少々バグってしまう。  その僅か数秒後、大声が夜の静寂を切り裂いた。 「……きゃー!! もしかして『神の気まぐれ』? 本当に来たんだ!」  えっ、と思う間も無く、美桜は嬌声と共に羽交い絞めにされる。いや。正確には抱き着かれたのだが、逞しい腕にミオが堪らず悲鳴を上げたのは、もはや仕方がない。  ※※ 「……異世界転移」  本やアニメで聞いた言葉を、美桜は慎重に口にする。  場所はお店のカウンター席。ちなみに店名は「ルポ」、フランス語で休むの意味だ。  リズと名乗った赤い服の人物は、美桜に「神のきまぐれ」の話を教えてくれた。  それによると、五十年から百年に一度の割合で美桜のように異世界からやってくる人物がいるという。それも大抵、店や住居と一緒にやってくる。ある日突然、それまで原っぱだった場所に現れるらしい。  異世界転移、という言葉は知っている。本で読んだことあるし、アニメでも見たあれだ。 (そんなこと、本当にありえるの? 夢なんじゃない)  美桜としてはどう考えてもそっちの方がしっくりくる。  そう思ってほっぺをつねってみたんだけど、 「痛い!」  期待は脆くも崩れ頬が赤くなっただけ。それを見てリズが目を丸くし、ふふふと笑う。 「本当にほっぺをつねるのね! それもおばあちゃんの話の通りだわ」  どうやらリズに異世界転移を教えたのは祖母のようで。  前の転移者もつねったらしく、なんだか先を読まれていて恥ずかしい。 「あなた、名前は?」 「美桜」 「ミオ?」 「……はい」  少々発音が違う気がしないでもないが、よしとする。細かいことにはこだわらない主義だ。  ミオは、改めてリズをまじまじと見た。歳は二十代後半ぐらいだろうか、女性としても綺麗だけれど、男性としても美丈夫で、メイクを落とし髪を短髪にすれば王子様のような顔になりそうだ。  ミオが自分の顔を脳内変換している、とは露ほども考えていないリズは店内をぐるりと見渡し、それから窓の外を見る。相変わらず月がぽっかりと浮いていた。 「今日はもう遅いし、明日ゆっくりこの世界のことを教えてあげるわ。このあたりは治安は悪くないけれど、戸締りはしっかりしておいてね」 「リズさんの家はどこですか?」 「リズでいいわ。林の手前で歩いて十五分ぐらいかしら? 心細いならうちに来る?」  ミオは少し考えたのち、首を振る。悪い人ではないしむしろ親切な人だと思うけれど、会ったばかりで家に泊めてもらうのは躊躇してしまう。一応、おそらく相手は男性だし。 「そう、じゃ、朝ごはん持って来てあげるからゆっくり休むのよ」  そう言ってリズは店を出て行った。親切でいながら踏み込みすぎない適度な距離感がミオ好みだ。  リズを入り口まで送り、扉を閉めた後、窓も閉まっているか再度確認してミオは二階へと上がっていった。  
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