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全速力で走り家まで行き急ぎで鍵を開けて冷蔵庫に駆ける。何を口にさせればいいか悩んだが、牛乳を手に取りお皿に入れる。
「とりあえず!」
黒い何かは舌のようなものを出してペチャペチャと舐める。舌も長くてまるで猫に見えない。明るい場所で姿を見てみると身体は丸く手足はない。目は一つ。口は一つ。舌は長くて耳もない。
「お前なんなのさ……」
黒い何かは牛乳を飲みきってからまた呟く。
「お腹空いた……。人間食べたい……」
背筋が寒くなる。
「お前、人間食べるの? 僕を食べるの?」
「お前は食べない。でも人間食べたい」
「どうすればいいのさ……。とにかく人間の代わりを食べよう!」
冷蔵庫にあった豚肉や鶏肉を差し出す。食べはするけど、言うことは同じだ。
「やっぱり人間じゃなきゃ駄目?」
「人間は食べない。約束したから。でも人間食べたい」
いくつか食べ物を出して分かったことがある。この子は今すぐ死んだりしない。なら何を食べてきたんだろうか?
「そんなに人間いいのに、なんで人間食べないのさ?」
「ずっと昔に人間に助けてもらったから。そのときから人間食べなくてどんどん小さくなった。でもいい。その人間ももういないから消えてもいい」
「ふうん。僕みたいだ。僕もお母さんがいなくなったら消えてもいいって思ってるんだ。だからさ、いつかは君に食べられてあげるよ。そうすれば君はもう少し生きられるんだろ?」
「命を粗末にするな。こっちは人間食べなくてもあと百年生きられる。お前はこっちより生きない」
食べられるかと思ったけど何気に可愛く感じ始めた。
「もうすぐ消えるって百年もあとのことなの?」
「分からない。それでも人間は食べたいけど食べたくない。あいつが悲しむ」
あいつとは誰なんだろうと思うけど、この子が決めているなら無理に勧めるのも駄目なことなんだろう。
「そう。それでもさ家にいなよ。今の僕には話し相手もいないから。君は動物でもないんだよね?」
「人間から見たら怪異なんだそうだ。名前はずっと前にクロと呼ばれた。だからそう呼んでくれ。ここにはいたい」
「良かった……」
もう一度キュッと抱き締めてみた。やっぱり冷たいけど少しだけ落ち着く。
「いつまでいればいい?」
聞かれて悩む。いつまでだろう? お父さんが帰ってくるまで? 僕が大人になるまで? 僕が死ぬまで? どれもこれも切ない。今の辛さが消えることはあるんだろうか? お父さんは帰ってきても犯罪者だし、僕はずっと犯罪者の子供だ。
「君が僕を食べてくれるまで」
それが一番有り難い。僕はこんな切なさを抱えたまま生きていきたくない。誰かのご飯になって死んでいくならそれがいい。
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