にんげんたべたい

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「僕もクロにはずっといて欲しいな」 「それはよくない。怪異なんだから人間の友達のほうがいい」 「もういないもの」  お母さんが帰ってくるまでの間、クロとこっそりお話する日は続いた。ただ僕は気付かなかった。お母さんが僕を育てるためにずっと無理をしていたことを。話すことも少なくなって。食事もお風呂も早く済ませるようになって。ため息を付きながら洗い物や洗濯や掃除をして。  今、思えば兆候があったはずなのに。一人きりになった学校で先生が言うまで気付けなかったんだ。 「お母さんが倒れた。今日は帰りなさい」  駆け出した町の風景はよく覚えてない。送っていくと言った先生を放ったらかして向かった病院。聞かなくてもどこの病院だか分かる。僕ら家族はそこしかいかないから。  看護士さんは僕の顔を見るなりお母さんが眠る病室に連れて行ってくれた。 「働き過ぎたみたいでね。少し眠ればよくなるから。お家で一人でも大丈夫?」  顔見知りの看護士さんは優しく聞いてくれる。 「大丈夫です……」  お母さんは眠っているだけだと知って安心した。安心したけど心はモヤモヤだ。お母さんは僕のために朝早くから夜遅くまで働いている。僕のせいだ。僕が悪いんだ。お母さんが死んだりしたら僕はお父さんと同じ人殺しだ。  看護士さんにお母さんを起こさないようにと言われても仕方なく家に帰る。僕に向けられる陰口も気にならない。僕はもう決めたから。僕がいたらお母さんは苦しむ。クロに食べてもらおう。僕はいないほうがいいんだ。  震える手で鍵をまわしてクロのいる押入れに向かう。 「泣いているのか?」  何も知らないクロはじっと僕の顔を見る。 「ねぇクロ。僕を食べてくれない? 僕はもう死にたいんだ」 「何かあったか?」 「お母さんが倒れた……。僕のせいだ。僕は生きていちゃいけないんだ。お母さんが、僕が生きていれば苦しむ思いをするんだ……。お母さんを楽にさせたい……。それに」  僕は人殺しのお父さんの子供だからと言おうとしたらクロが大きな口を広げていた。僕なんか一口で食べられるような大きな口。ああ食べられるんだ。  不思議と怖くはなかった。クロに食べられるならいいと思ってたから。  クロの口の中は温かった。身体はあんなに冷たいのに。僕は目を瞑って大人しくしている。頭の中にお父さんがいてお母さんが笑って楽しかった日々が過ぎっていく。お父さん、お母さん、さよなら。僕はもう。
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