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クロの口の中で僕は涙を流していた。なんでか。どうしても辛いことや悲しいことが思い出されたのに、その直後に楽しかったことや嬉しかったことがハッキリと思い出す。もういいのに。
気がついたら。クロはいつもの姿で僕の前にいた。
「人間食べた。だからもう出ていく」
「何言ってんの? 食べてないじゃん?」
「食べた。人間の辛い気持ち悲しい気持ち食べた。だからあと千年生きられる」
「そんなの……ズルい……」
「お母さんの疲れも食べる。だから安心しろ。また辛くなったら食べに来るから」
「クロは……本当に人間を食べるの?」
「本当に食べてた。でももう食い殺したりしない。約束しろ。しわくちゃになるまで生きると。だったらまた来る。人間食べずにお前を食べに来る」
「そっか」
クロが何なのかは分からないけど、人間を本当に食べるのか分からないけど、いいやって思った。
「約束は守る。お前も分かれ」
ずっとずっと昔の女の子がクロを庇った理由が少しだけ分かった気がした。怪異でもクロは約束を守ってくれる怪異だ。
「お前を食べるまでいた。だから出ていく。大切なものを大切にしろ」
クロの言う大切が何かは分からない。けど、色んなものや人が頭を過ぎる。お母さん、お父さん、友達、この家、僕。きっとそういうの全部。
「じゃあな。また来る」
クロの陰が薄くなり突然に窓が開いて風が舞い込んだ。
「クロ?」
返事はなかった。ただもう死にたいと思わなかった。
「うん。また会おう」
いつかまた僕が死にたいと思ったときにクロは来てくれる。お腹空いたって来てくれる。それが約束なんだ。
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