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♯0 私に拍手をくれた人
section1
――パチ、パチ、パチ。
ピーク時から大きく人が減った夜の駅の構内。
10年近くもピアノを習っていたにしては、上手い訳でも魅力的な訳でもない、私のストリートピアノの演奏に、拍手の音が響いた。
え……? という驚きの眼差しを、拍手の送り主がいるらしい辺りへ投げかける。
私の右斜め後ろ、十数メートルほど先。
そこには太い柱をグルッと囲むようにサークルベンチが設置されていて。
その空きスペースに一人の若い男の人が腰掛け、両手を打ち合わせながら乾いた音を鳴らしていた。
突然強いスポットライトを照射されたような気持ちになり、気恥ずかしさが全身を駆け抜ける。
彼の眼差しが私の手元から顔へとゆっくり移動し、結果、視線が重なり合う。
1日分の疲れのせいか彼の頬や唇などはダルそうに下がっている。それとは対照的に目はクッキリと見開かれ、濃褐色の瞳には妙な熱が帯びていた。
もともと引っ込み思案な私。せっかく待ち望んでいた拍手をもらったにも関わらず、上手い反応が見つからず、反射的にペコっと頭を下げただけで椅子から立ち上がり、その場から逃げるように東口の方へ小走りで向かった。
駅の構内で営業しているコンビニにでも姿をくらませようと思ったのだ。
でもその途中、不意に彼の事が気になって、一時的に歩みを止めて恐る恐る後ろを振り返る。
すると彼はベンチから立ち上がってこちらを向いていた。
またもや目が合い、気まずさが押し寄せてくる。
しかしながら、先ほどより距離を置いているせいか、相手の姿を観察するだけの幾分かのゆとりが生まれていた。
恐らく自分と同世代の男子。大人びた雰囲気から、向こうの方が少しだけ年上であるような気がした。
少し癖毛でボリュームのある黒髪を無造作に流し、そして、背が高い。周りをチラホラと歩く大抵の成人男性に勝っている。
男子特有の丸みに乏しい角張った体を、キャメルの半袖Tシャツとストライプ柄の入った黒いイージーパンツで包み、パッと見、飾り気のない印象を受けるが、細身でスタイルが良いため立ち姿が様になっている。
何の前触れもなく、彼がスーと歩き始めた。
瞬く間に距離が縮まる。
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