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第1話 魔寄せの娘、村を追放される
「ソフィア、この村から出ていっておくれ」
――とある小さな村の村議会。
ソフィア、と呼ばれた、顔に大きな傷のある少女は、周りを取り囲む村人たちの憎しみのこもった視線にも怖気づくことなく、追放を言い渡した村長をまっすぐと見据えていた。
そんな彼女の後ろで青白い顔で「そんな! この子を村から追い出すなんてひどすぎます!」と抗議しているのは、ソフィアの両親だ。
「お願いします! 追放だけはご容赦ください! こんな女子供が村から追放されて生き残れるわけがないわ!」
ソフィアの母親は床に膝と両手をつき、額を床にこすりつけるように村長に嘆願した。
しかし、村長は静かに首を横に振る。
「これ以上はワシもかばいきれんよ。この子のせいで村は何度もモンスターに荒らされて、自警団も疲弊しておる。おまけに今も村の周りにはモンスターがうろついておる状態じゃ。この子が『魔寄せの力』を持っておる以上、この村に置いておけば必ずや厄災の元凶となるじゃろう」
「そうだ! 俺の父親はソフィアのせいでモンスターに右目をやられたんだぞ!」
「私の娘を返してよ! アンタのせいで、あの子は……!」
憎悪にまみれ、顔を歪ませた村人たちの罵声が、村議会の会場である村長の家に響き渡る。
ソフィアは――それでも、平静な表情で村長を見つめていた。
「わかりました。今夜、旅の準備を整えて、明日の朝にはこの村を出ていきます」
凛とした口調でそう返したソフィアの姿を見て、彼女の両親はガックリと肩を落とした。
――「ソフィア」という名の少女が、何故こんな目にあっているのかを説明せねばなるまい。
彼女は、『魔寄せの娘』と呼ばれている。
彼女には、モンスターを呼び寄せてしまう不思議な力があるのだ。
ソフィアがその能力に覚醒したのは、わずか八歳のとき。
他の子供達と遊んでいるときに、彼女は自分が呼び寄せてしまい、興奮したモンスターに顔を傷つけられた。そのときに他の子どもたちも何人か死傷し、村の一部もモンスターに荒らされてしまったのだ。そのモンスターはたまたま村に立ち寄っていた冒険者が退治してくれたが、村は甚大な被害を受けた。ソフィアが冒険者に憧れを抱くようになったのもこのときだ。
最初は偶然の事故かと思われていたが、彼女がその場にいるときに限ってモンスターが現れ、魔物はソフィアを求めるように村に向かってくる。村の自警団がモンスターを何度も追い返すが、それにも懲りずに怪物たちはソフィアのいる方角に向かってくるのである。
やがて、村の占い師が「ソフィアは呪われている、魔寄せの娘だ」と言い出したのをきっかけに、彼女は村人たちに嫌われるようになった。
彼女の顔に残った大きな傷も、男性には好かれなかった。誰も彼女には近寄らない。彼女と一緒にいたらモンスターに遭遇するのだから、命がいくつあっても足りやしない。
彼女の味方は両親だけだった。彼らだけが、ソフィアを心から愛し、守ろうとした。彼女は両親からたくさんの愛情を受け、幸せいっぱいに育った。そして、「魔寄せの娘」としていじめられても、普通に拳でいじめっ子を殴り返すようなメンタルの強い女の子に成長したのであった。
(でも、これ以上はお父さんもお母さんも巻き込めない。このまま村八分にされ続けるのはさすがに……)
ソフィアの両親は自分たちで畑を持ち、収穫した野菜を行商人に肉と交換してもらってなんとか食いつないでいたが、最近は畑の野菜が収穫前に何者かにダメにされていることが多くなった。畑自体も踏み荒らされ、穴を掘られるなどのイタズラも増えていた。犯人の証拠はないが、その「何者か」が村の人間であることは間違いない。
これ以上は限界だと思った。自分のせいで両親まで巻き込まれるのは耐えられない。
そうして、ソフィアは村を出ていく決意をしたのである。
「うう、ごめんねぇ、ソフィア……」
「泣かないで、お母さん。私、外の世界を見に行くだけだよ」
翌朝、ソフィアは両親に村の入口まで見送ってもらった。
もちろん、他に見送りに来る村人などいるはずもない。寂しい旅立ちだった。
ソフィアは「外の世界を見に行く」と言ったが、これは実質「村の外で野垂れ死ね」という死刑宣告だ。現に、彼女の持ち物は両親が用意してくれたわずかな路銀と食料だけで、武器として持たされたのは何の変哲もない木の棍棒。防具のたぐいはない。武器や防具は彼女の両親には用意できなかった。棍棒は村から支給されたものだが、あくまで形式上のものだ。
村の外に出れば彼女が呼び寄せたモンスターでいっぱいである。自分の呼び出した怪物たちに喰い殺されろと言っているようなものだ。
「私、王都に行ってみるよ。大きな街に行けば、この『魔寄せの力』について研究してるかもしれないし、もし占い師さんの言ってたとおり、この力が本当に呪いなら解除する方法もあるかも」
「王都って……この村からどれだけ離れてると思ってるの?」
「それに、そんな装備で王都までたどり着けるわけが……」
ソフィアの言葉に困惑する両親だったが、彼女にはある考えがあった。
「それじゃ、いってきます。お父さんもお母さんも、元気でね」
ソフィアはなるべく明るく振る舞ったが、村を出た背後から、母親の泣き崩れる声が聞こえて、なんだか悲しくなってしまった。これが十四歳の時だ。
しかし、この娘が村を追放された程度で挫けるほど、メンタルが弱いわけがなかった。
村からある程度離れて森に入ると、そこかしこから魔物の唸り声が聞こえてくる。
ここで、ソフィアは『秘策』を使うことにした。
実は、完全に制御できるわけではないが、ある程度は自分の意志で「力」を扱うことを覚えていたのだ。
そのおかげで、最近は村に寄ってくるモンスターも弱かったはずなのだが、いかんせん数が多かったので、自警団も音を上げてしまったのだろう。
ソフィアの秘策はこうだ。
まず、自分より弱いモンスターを呼び寄せて、木の棍棒でひたすら殴って倒す。すると、モンスターはなぜかお金を落としていく。おそらく光り物が好きなモンスターが人間から奪ったものなのだろう。
ソフィアがモンスターとの戦いに慣れてきたら、次はもう少しだけ強くて持っているお金が多そうなモンスターを呼び寄せて、また棍棒で殴りまくる。
それを繰り返して、序盤の段階でソフィアは戦闘経験を積み始めたのである。
ある程度お金が稼げたら、それを持って王都への途中、他の街に寄って武器や防具を買い、装備を揃えてさらに強くなっていく。装備さえ整えてしまえば、はじまりの村とは段違いに、彼女はどんどんモンスターとの戦いに慣れていき、ただの「作業」になってきていた。
「さて、王都まであとどのくらい距離があるのかな……。大きな道なりに行けば着けるとは思うけど、ついでに地図も買っていくか……」
彼女は苦境にも決してくじけず、不屈の精神でもって王都を目指す、一端の女戦士であり、冒険者として成長したのである。
さて、王都への道を目指すソフィアの一方で、その頃の魔王城は「魔寄せの娘」の噂で持ちきりであった。
「なんかさぁ、いい匂いのする美味そうなニンゲンの小娘がいたんだけど、村からいなくなったらしいんだよ」
「死んだのか? もったいないな、今からでも死体を掘り出して食えないかな?」
「いや、どうも村を追い出されたらしい。まあ、俺らが餌場にしてたから残念ながら当然ではある」
魔王はそんな魔族たちの噂を聞きつけ、「魔寄せの娘」とはいかなる存在なのか、興味本位と暇つぶしで探りを入れることにしたのである。
果たして、ソフィアは無事に王都にたどり着けるのだろうか……?
〈続く〉
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