第14話 魔寄せの娘、自分の気持ちに向き合う

1/1
前へ
/20ページ
次へ

第14話 魔寄せの娘、自分の気持ちに向き合う

「――まあ、私が『魔王の花嫁』として婚姻の儀に出ることはわかった。それで、花嫁修業というのは何をやるんだ?」  ソフィアは世話役として自分に付き従っているメイドのミアに尋ねる。  ミアは大きくピンと立った猫耳が特徴で、金色の目がとても綺麗な白猫のような獣人だ。  ソフィアはミアに言葉を続ける。 「もし家事や炊事の話だったら、私は野宿もしていたから一通りのことはできるけど」 「いえいえ。魔王陛下の花嫁様ともあろうお方が、そんな下々の者がするような雑用をこなす必要はありませぬ」  ミアは慇懃にかしこまっていて、ソフィアは戸惑うばかりである。 「じゃあ、花嫁修業って――」 「ソフィア様にはこの塔を登っていただきます」  ソフィアの言葉を遮り、ミアは中庭に設置された塔を手で指し示す。  階層は三階ほどあるだろうか。階段を登って、その先にある扉の中に入る。そして、その階の奥にある扉を開けて、また外の階段を登っていく、という形式のようだ。 (これのどこらへんが花嫁修業……?)  ソフィアは内心首を傾げたが、ふと気づくと、塔のまわりに女性たちがいることに気がついた。無論、魔族の女たちである。角が生えていたり、白目の部分が黒かったり、そもそも目がたくさんある魔性もいる。彼女たちも『魔王の花嫁』候補なのだろうとピンときた。  やがて、花嫁候補たちが歩み寄るソフィアに気づいた。 「あっ、ソフィアさんだ~!」 「ソフィアさんも花嫁修業に来たの~?」 「あ、ああ……」  ソフィアは驚いてぎこちない答えを返す。花嫁候補というからには、まわり全てが敵くらいに思っていたからだ。正直この場で修羅場が始まり、武闘会再び、という事態も覚悟していた。 「ねえねえ、ソフィアさんってニンゲンさんなんだよね~?」 「魔王陛下とどこでどうやって知り合ったの?」 「私たちもう花嫁修業してたんだけどさ~、何度もリトライして飽きちゃった。だから、ソフィアさんと陛下の馴れ初め聞かせてよ~!」  花嫁候補たちはキャッキャと笑いながらソフィアをテーブルに座らせる。  ミアは、ソフィアと花嫁候補たちにお茶を淹れていた。 「え、ええと……じゃあ手短に……」  ソフィアは今までにあったことをかいつまんで話した。  自分が『魔寄せの娘』であること。その力で魔王の乗っていたドラゴンを呼び寄せてしまったこと。その魔王と空中デートに出かけたり、こうして魔国マーガに来てしまったり……。  思えば大冒険だったなあ……とソフィアは遠い目をしていた。  ソフィアがナハトとの距離を縮めるシーンを語るたび、花嫁候補たちはキャイキャイとはしゃいでいた。要は恋バナである。  しかし、そんなソフィアを面白く思わない魔族も当然いるもので。 「ふん、何よ。ニンゲンのくせに魔王陛下の子供なんか産んだら血が混じるじゃない」  ソフィアは「子供」という単語に動揺してしまった。 「えっ……私、ナハトの子供を産まなきゃならないのか!?」 「当たり前でしょ! アンタ、花嫁の意味わかってなかったの!?」 「いや……なんかその……えへへ……」  ソフィアの背中に嫌な冷や汗がつたる。  ナハトと結婚したらそりゃそうだよな~……と、今まで考えていなかった、いや、考えたくなかったことを突きつけられた気分だ。 「あのね、アタシは心の底から魔王陛下を慕ってるの。陛下の子供が欲しくて欲しくてたまらないわけ。わかる?」 「すごい情熱ですね」 「薄っぺらい言葉。とにかく、魔国の最上級魔族である魔王陛下がニンゲンなんかと結婚するなんて言語道断、魔国の恥だわ」 「でもナハト自身が私を嫁にしたいって言ってるからなあ……」 「陛下を気安く名前で呼ぶんじゃないわよ! あーもうイライラするわね!」  その花嫁候補はソフィアが何を言っても気に食わないらしい。 「ソフィア、とか言ったわね。アンタ自身は陛下と本当に結婚したいの? 話を聞いている限り、今までずっと流されてきたように思えるけど? そんな状態で陛下と結婚しても失礼なんじゃないの?」  その言葉に図星を指された。 「とにかく、今まで花嫁修業を頑張ってきたのに、ぽっと出のニンゲン風情に陛下を盗られてなるものですか!」 「まあまあまあ、お茶が入りましたので少しお休みくださいませ。お茶菓子もございますよ」  そこへミアが助け舟を出してくれた。花嫁候補はまだ言い足りない様子だったが、おとなしくお茶菓子をはむはむと食べ始めた。 「ソフィア様、わたくしもこのままではあまりよろしくないかと思いますね。花嫁候補の皆様はちょうど休憩中ですので、あの塔の中に入ってみてはいかがでしょう?」  ミアの言葉に、ソフィアは首を傾げる。 「あの塔と私の気持ちと、なにか関係があるのか?」 「さて、それはどうでしょう。ただ、あの塔の中はあなた様の精神に合わせて変化いたします。そこで魔王陛下に対するご自分の気持ちに向き合い、整理することもできるでしょう」  そんなわけで、ソフィアは「花嫁修業の塔」に入ることになったのである。  ――花嫁修業の塔、一階。  ギィ……と扉を開けると、中は灯りもついていないようで薄暗い。塔の窓から差し込む光で、かろうじて闇に目が慣れてくる程度だ。  そこには、巨大ななにかがいた。 (塔の天井が思ったより高いな……いや、この塔自体が私に合わせて変化するというのなら、幻術のたぐいかもしれない)  巨大な影は、口と思われるあたりから光を集めている。  ――ドラゴンの炎の溜めだ!  そう思った瞬間、ソフィアの足が床を蹴り、ドラゴンの火炎放射を転がるように避ける。  ドラゴンが火を吐いた際に、その背に誰かが乗っているのを見た。 「――ナハト!?」  ナハトも影に包まれたように真っ黒でよく見えない。 「ニンゲン……お前は俺を拒絶するのか……」  しかし、その声は紛れもなく魔王のものだった。 「ナハト、なぜ私に攻撃を……!?」 「お前は俺のことが嫌いか……?」  ――ああ、と納得がいった。  塔に入る前にミアに言われたことを思い出す。 『魔王陛下に対するご自分の気持ちに向き合い、整理すること』  敵対してくるナハトは、きっと彼自身の不安な気持ち、そしてソフィア自身の不安でもある。 「ナハト、私は決してお前のことは嫌いじゃないよ」  そう口に出すと、ドラゴンとナハトの影は霧散した。  そして、ドラゴンに塞がれていた奥の扉がひとりでに開く。  ここから先に進めということなのだろう。  ――花嫁修業の塔、二階。 「ソフィア、お前はどうして俺の贈り物を喜んでくれないんだ。俺はニンゲンにならって、お前が喜ぶプレゼントを考えたのに、どうして、どうして、どうして」 「ナハト、お前のことは最初傲慢な魔族だと思ってた。でも、本当はお前は人間との価値観の違いに苦しんできたんだろう? お前と話して打ち解けて、お前自身も人間の価値観に寄り添おうと努力してるのは私が一番知っている。私のために贈り物を一所懸命に考えてくれてありがとう」  またナハトの影が霧散する。  ――三階。 「ソフィア……俺の……花嫁……」  魔王の影は随分とおぼろげだった。  おそらく、この塔の試練は佳境に入って、ソフィア自身でも答えの出せていない領域に入っている。 「ナハト、正直なところ、私がお前の花嫁にふさわしいのかどうか、わからないんだ。戸惑っている……といったほうが正しいのか」  ソフィアは、やはり魔王と結婚するならそれなりに地位の高い人間のほうがいいと思っている。  いや、かといって王国の王族――例えば王女様と魔族を結婚させていいのかと聞かれると困る。王族は首を縦には振らないだろうし、ソフィアが判断できることではない。 「私も腹を割って話そう。簡単に言うと、ナハトのことは人間の良き友人になれると思っている。ただ、私がナハトと結婚すると考えると、私はお前の花嫁にはなれる気がしないんだ」 「それが……お前の答えか……」 「うん。ナハトのことは好きだよ。でも、結婚までは考えてない。ごめんね」  ソフィアが結論を出すと、部屋の中が霧に包まれていった……。 「うーーーん。ソフィア様、塔への挑戦は失敗ですね」  いつの間にか塔の入り口まで戻されていたソフィアに、ミアは難しい顔をする。 「あれ、もしかしてダメだった?」 「三階まで行けたのですから、筋はいいと思うんですがねぇ」  もしや、魔王と結婚することを承諾するまで、この塔は踏破できないのか。  それはあまりにも選択肢がないような……。 「まあ、今日はこのくらいでいいでしょう。それでは、花嫁修業に戻りましょう」 「え? これが花嫁修業じゃないの?」 「そんなわけないでしょう。この塔はあくまでも魔王陛下への忠誠を測るもの。花嫁修業とは、花嫁として魔城で過ごす際のマナーを叩き込むことです。貴女がここにいらしてからもう三ヶ月経っております」 ミアはジトッとした目でソフィアを見る。 「陛下が『ゆっくり過ごしてほしい』とお客様扱いしていただけで、花嫁と決まったからには、こちらも容赦なく作法をみっちり叩き込んでまいりますのでよろしくお願いいたします」 「マジか~……」  このあと、ソフィアはミアにビシビシと教育されることになる。  さて、花嫁修業のレッスンが終わったあと。  魔国は日が昇らない代わりに常に月が昇っている。そのおかげで、朝も夜もなく灯りには困らないのだが、時計を見ないと朝なのか夜なのかわからないのが困りものだ。  とりあえず、時計を見た限りでは夜らしい。  ソフィアは、ナハトと一緒にベッドの端に座ってその一日起こったことを話した。 「そういうわけで、私がナハトと結婚すると考えるとなんだかチグハグな気がしてさ」 「……やはりソフィアは、ニンゲンと結婚したいのか?」  ナハトのシュン、とした顔を見ると、思わず可愛い、と思ってしまう。 「うーん、そもそも結婚についてあまり深く考えたことなくて。ほら、私『魔寄せ体質』だし、顔に傷もついてるから、あまりそういう……自分に恋愛感情を向けてくる男の人と会ったことなくて」  そういったことをナハトに正直に打ち明ける。  すると、ナハトはソフィアをそっと抱き寄せた。  ソフィアの身体が大きく跳ねる。 「俺は魔寄せの力も、ニンゲンとしての地位も関係なく、お前が好きだ。それでは不満か?」 「いや……あの……その……」  ソフィアは耳元で聞こえるナハトの囁き声に顔を真っ赤にした。 「なあ、ソフィア。どうしたらニンゲンは相手に自分の好意を伝えられるんだ? 手を握る? 抱きしめる? それとも口づけか?」  そんなセリフに合わせて、ナハトはソフィアの手の甲を撫でたり、頬や唇に指を添えたりしてくる。ソフィアはだんだん顔が熱くなってきた。  しかし、ナハトはそっと離れた。 「……まあ、婚姻の儀まで口づけは取っておくが、俺の好意は充分伝わっていると信じている。お前も拒絶しないということはそれが答えだろう?」  ナハトは静かにソフィアの部屋を去った。  ソフィアは顔から火が出そうなほど熱くなった頬を手で覆って、しばらく動けなかった。  ――今まで魔族と人間の立場の違いから目を背けてきた事実。  ソフィアはナハトへの好意を自覚させられたのであった。  そして、婚姻の儀まで毎日花嫁修業を続けることになる。 〈続く〉
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加