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第15話 魔寄せの娘、婚姻の儀とフィロの乱入
「ソフィア、助けに来たよ。僕と一緒に逃げよう」
魔王ナハトとの婚姻の儀の当日、ウェディングドレスを着て控室で待っていたソフィアの前に突然現れたフィロ。
「ど、どうして……!? どうやってここに……」
ソフィアはフィロの登場にあっけにとられつつ、二つの選択を迫られる。
すなわち、ナハトの待っている結婚式場に向かうのか、それともフィロの手を取ってこのまま式場から逃げ出すか。
果たして、ソフィアの選ぶ道は……?
ハードだった花嫁修業を毎日積んで、とうとうナハトとの婚姻の儀当日。
ソフィアは真っ黒なウェディングドレス姿に着替えて、控室の椅子に座っていた。
真っ黒なウェディングドレスには、「なにものにも染まらない」という意味合いがあるそうだ。
ミアは「お飲み物をご用意いたします」と冷たい水を取りに行ったところだ。
(うう……なんでか知らんが無性に緊張する……)
ドレス姿で式場に呼ばれるのを待っていたソフィア。
しかし、そこで予定外のハプニングが起こる。
「ソフィア!」
控室の扉を勢いよく開けて転がり込んできたのは――なんと、王国にいるはずのフィロだったのである。
「えっ……ふぃ、フィロさん!?」
「よかった、無事そうだね」
「なんで!? どうしてここに……!?」
目を丸くしているソフィアに、フィロは王国で「魔国に囚われているソフィアを救い出そう」という計画が始まったことを伝えた。
フィロは魔族たちに気付かれないよう、懸命に避けながらソフィアの控室までやってきたらしい。
「魔族に鉢合わせしなくて済んだのは幸運だったかな……。さあ、ソフィア、君を助けに来たよ。僕と一緒に逃げよう」
フィロはソフィアに微笑みかけて、手を差し伸べる。
ソフィアは葛藤していた。
フィロが命がけで魔族たちの大勢いる式場まで助けに来てくれたのは、本当に嬉しい。感動すら覚える。
しかし、このまま逃げていいのだろうか。
彼女はすでに魔王ナハトへの好意を自覚してしまっている。それに、仲良くなった魔族もたくさんいる。フィロや王国の人々が思うほど、魔国での暮らしは悪いものではなかったのだ。
それに、ナハトを裏切って悲しませるのも嫌だし、魔族の怒りを買えば王国が侵攻されてもおかしくはない。そうなれば全面戦争だ。さらに被害を受ける街や村が増えてしまう。
「フィロさん、助けに来てくれてありがとうございます。それは、嬉しいけど……やっぱり私はナハトと結婚します」
ソフィアの言葉に、フィロは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「な……何を言っているんだ!? まさか、ナハトに洗脳されているのか!?」
「いいえ、これは私自身の意思です」
「そんな……いいから、早く来るんだ!」
フィロはソフィアの手首を掴んで、強引に控室から出ようとした。
ソフィアはその力強さに驚くと同時に、手を振り払おうと抵抗する。
そこへ、ミアが「遅くなりました。お水をお持ちいたしました」と控室の扉を開けたのだ。
固まるフィロとソフィア、そしてミア。
「ど、どちら様ですか、貴方!?」
「クソッ! ソフィア、早く来て!」
「えっ、ちょっと……!」
フィロはソフィアの手を引いて控室を飛び出した。
ソフィアはなにか大事なことを忘れているような違和感を覚えた。
それは、王都の宿屋をチェックアウトした日にも感じたものだった。
「た、大変です! 魔王の花嫁・ソフィア様が何者かにさらわれました! 暗黒騎士団、早くソフィア様を助けて!」
ミアは魔族たちの増援を呼び、フィロとソフィアの捜索を開始したのである。
この騒ぎは式場で花嫁を待っていたナハトの耳にも当然届いた。その人さらいの情報を聞いて、ナハトはすぐにフィロのことだとわかった。
「俺の花嫁を奪うとは、あの得体のしれない剣士め、やってくれるではないか!」
怒り狂った魔王の姿は、魔族たちのトラウマになったという。
さて、式場を脱出して、しばらく走り、裏路地に入ったフィロは角の付いたフードを被った。同じものをソフィアにも被せる。
「君はウェディングドレスだから目立つかもしれないけど、このままこの国を出よう」
フィロの言葉に、ソフィアは首を横に振る。
「フィロさん、私は式場に戻りますから――」
しかし、ソフィアが全部言い終わる前に、フィロのように角の付いたフードを被った人間たちが合流してきた。
「ソフィア、彼らは『魔国攻略部隊』。君を助けるためだけに組織されたんだ。すごいだろう? 君は王国を動かすほどの価値があるんだ」
「そんなの知りません。私は魔国にいたほうが幸せでした」
「ああ、可哀想に。王国に戻ったら、その洗脳を解く方法も探さないと。でも、その前にやることがあるね」
フィロの合図で、魔国攻略部隊は市場を襲った。魔族狩りが始まったのだ。
「待って、何をしているんですか!?」
「え? 何って……魔国攻略部隊って言っただろう? 君を取り戻したら、あとはこの魔国を落とすだけだよ」
「私を助けるためだけに、って言ってたのに……!」
「君を助けるっていうのは、魔国を滅ぼすのも含めてだよ。大丈夫、僕が選んだ精鋭たちだから、すぐに魔国を血の海にしてくれるさ」
ソフィアは「やめて!」と叫ぶが、攻略部隊は女子供の区別なく魔族たちを狩っていく。
その魔族の中には、武闘会でソフィアに石を投げようとした子供がいた。仲良く恋バナをした花嫁候補がいた。フランクにソフィアに挨拶をしてくれた気のいい魔族がいた。
「ソフィア、魔族は滅ぼさなくてはいけない存在なんだよ。生きてちゃいけない生き物なんだ」
その血なまぐさい凄惨な光景には似つかわしくないほど、フィロは穏やかで優しい口調だった。
「どうして……どうして……」
ソフィアは顔を覆って泣き出してしまった。
「――ソフィアを、泣かせたな」
怒りに満ちた形相のナハトが、魔族の血で靴を濡らしながら歩み寄ってきた。その魔力の圧は攻略部隊をひるませたが、フィロは微動だにせず、ナハトをにらみ返す。
「俺の花嫁を奪い、何の罪もない国民の命をも奪ったお前たちを許さない」
「へえ? じゃあお前たちが奪ってきた王国民の命も返してみろよ」
フィロは攻略部隊を差し向けて、魔王ナハトとの決戦に臨むのであった。
〈続く〉
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