第17話 魔寄せの娘、魔王の元へとひた走る

1/1
前へ
/20ページ
次へ

第17話 魔寄せの娘、魔王の元へとひた走る

「お前は人間の敵だ! 魔国側につくならお前はもうこちら側には戻れないぞ!」  かつてのパーティーの仲間たちが憎しみのこもった目でソフィアをにらみつける。 「王国と人間のためを思うなら、魔王を討伐すべきだ」と迫る彼らを、自らの手で倒す選択を迫られたソフィア。  魔国と王国の板挟みになり、苦悩の末に彼女が選んだ結末は……?  フィロ改めモルゲンと魔国攻略部隊の手によって魔国を蹂躙され、再び王国に連れ戻されてしまったソフィア。  彼女はモルゲンの目を盗んで魔国に戻ろうとするが、宿屋の一室に軟禁され、ドアの前には王国の騎士団が常駐している。彼らの守りは堅く、なかなか脱出の機会は得られなかった。  宿屋の窓は首から下が通れない程度にしか開かない。食事はドアの下から通される。  ソフィアはそんな中、毎夜寝る前の祈りを欠かさなかった。 (ナハト、どうか無事で……)  その頃、ソフィアの預かり知らぬところで、宿屋には不気味な噂が立っていた。 「なあ、また宿屋の屋根に止まってるぜ、例の赤い鴉……」 「アレって、魔王の遣いとかいうモンスターだろ? 退治しなくていいのかよ?」 「ああ、モンスターのわりには普通の鴉程度の能力しかないから安心していい。それに、やっぱり頭のいい鳥だからな。弓矢は避けちまうし、下手に攻撃したら集団でつつかれたり、フンを落とされたりするんだぜ」 「そりゃ、触らぬ魔王に祟りなしだ」  赤い鴉は数羽ほど、明け方には宿屋から飛んでいき、夕暮れには宿屋に戻ってくる。このところ毎日そんな感じだ。  魔王の遣いが健在ならば、魔王もきっと生きているのだろう。  ソフィアは飛び交う鴉を窓から眺めていた。  ある朝、モルゲンがソフィアの部屋を訪ねてきた。 「何の用」  ソフィアはガラスに映るモルゲンを窓越しに見やる。 「国王陛下に勇者の再来を告げたら、報奨金と王族に次ぐ特権を与えられたよ。魔王退治に精を出してくれとさ。モルゲナ王国は勇者モルゲンを名前の由来にしているだけあって、僕の本当の名前を出すと簡単に言うことを聞いてくれるね」 「自慢しに来たの?」  決してモルゲンに顔を向けようとしないソフィアに、窓ガラス越しのモルゲンは苦笑いをしながら肩をすくめた。 「そんなに拗ねないでくれよ。僕と君との仲じゃないか」 「よくも涼しい顔で言えたものだな。お前だって人間じゃないくせに」  ソフィアがぶっきらぼうに返すと、モルゲンはつかつかと歩み寄って彼女の手を取る。  振り払おうとしてもその力は強く、ソフィアはたやすくベッドに押し倒された。 「何のつもりだ!」 「ソフィア、君の『魔寄せの力』を僕は呪いじゃないと言ったの、覚えているかい」  ソフィアの身体をベッドに押さえつけながら、モルゲンは彼女の指にそっと口づけた。 「君の『魔寄せの力』も僕の『化けの皮』も、他のやつらには修得できない特別なスキルだ。僕はこれを『ギフト』、天から与えられた特別な能力だと思ってる」 「だから何」 「このギフトを継承するために、僕たちには子供が必要だ。君の『魔寄せの力』を継ぐ子供がほしい。君の命は有限だからね」 「は!?」  ソフィアは思いがけない発言にぎょっとする。 「つまりはアレだ、できちゃった結婚しようと思って」 「ふざけるなァ!」  必死に抵抗するソフィアだったが、モルゲンの力には敵わない。  それは性別の差だけではなく、彼は今まで自分の優れた能力を隠してきた存在だ。長年生きてきた勇者だけあってソフィアではとても太刀打ちできないのである。  あわやソフィアの貞操のピンチ。  モルゲンが彼女の服に手をかけたときである。  突然轟音が響き渡り、王都全体に振動が走る。  王都の入り口の門を見ると、煙が上がっていた。 「ソフィア、どこだ!」  拡声魔法でナハトの声が王国に轟く。  魔王ナハトが軍勢をあげてソフィアを取り返しに来たのだ。  魔王に匹敵する力を持つのはモルゲンのみ。 「チッ……。僕が行くしかないか」  モルゲンは仕方なしと言いたげにソフィアから身体を離し、ベッドから降りた。  ソフィアはホッと息をつく。 「ソフィア、ここで待っていてくれ。ナハトを始末したら戻るから」 「二度と戻ってくるな」  ソフィアの憎まれ口を笑って流すと、モルゲンは隣にある自分の部屋に戻って素早く装備を整え、宿屋を飛び出した。  魔王軍は門の前に陣取り、門番に加え、駆けつけた王国騎士団と睨み合いをしている。 「魔王陛下、いかがなさいます?」 「ニンゲンは殺すな。ソフィアと約束した」 「しかし、このまま睨み合いを続けていては……」  魔族の幹部の不安は的中した。 「魔王ナハト! 性懲りもなく王国を襲撃に来たか!」  光を反射して輝く白い鎧に身を包んだモルゲンが、正義の味方を気取って門に駆けつけた。  門番や王国騎士団は心なしか安堵の表情を浮かべる。 「モルゲン様がいれば百人力だ!」 「覚悟しろ、魔族どもめ!」  王国の人々は、勇者の後ろから罵声を浴びせている。 「ああ、みんな安心して。僕が来たからには、魔王の好きにはさせないとも!」  芝居がかった演技を、ナハトは白けた目で見ていた。  とはいえ、モルゲンの力は強大で、並みの魔族では勝てないのは確かだ。そこはさすが勇者といったところか。 「いいだろう。俺が直々に勝負してやる」  ナハトはマントを翻し、黒い大剣を手に前に進み出た。  モルゲンも剣を抜き、ふたりは地を蹴って激突した――。  一方のソフィア。 「頼む、ここから出してくれ!」  ドンドンとドアを叩くが、王国騎士団は一向に部屋から解放してくれない。 「魔寄せの娘、おとなしくここで待っていろ。モルゲン様が戻ってくるまで我々がここを死守せねばならないのだ」 「私は早く、ナハトのもとへ行かないと……!」 「魔王のことは諦めろ。勇者に敵うはずがない」  どうしたものか、ソフィアは頭を悩ませていた。  しかし、不意に部屋の前が騒然とした。 「な、なんだお前らは!」 「魔族だ! 来るな、来るな、ヒィ――!」  王国騎士たちの怒号と悲鳴。しばらくして静寂。  そして、部屋のドアを開けたのは、懐かしの顔だった。 「ソフィア様、ご無事ですか?」 「ケロン!」  あのアマガエル頭の魔族と、数名の魔族がソフィアを助けに来てくれたのだ。  王国騎士たちは魔族に気絶させられ、床に伸びている。 「魔王陛下がモルゲンを押し留めている隙に、我々が別行動で王国に入り込み、ソフィア様をお助けに参りました」  ケロンとお供の魔族たちは、擬態で街に溶け込むのが得意な者たちであった。 「しかし、よくここにいるとわかったな」 「宿屋の屋根にガーネットクロウが止まっていれば、誰でも分かりますとも」  ケロンはにこやかに微笑み、手を差し伸べる。  ソフィアはその手を取って、宿屋をあとにした。 「この路地を出れば、門までは近道だ!」 「さすがソフィア様、地理にお詳しいのは助かります」  ソフィアと魔族たちは人間たちに気付かれないよう、裏路地を駆け抜ける。  しかし、「そこまでだ! 止まれ!」と立ちふさがる影。  王国騎士団と、フィロ――いや、モルゲンの連れていた、かつてのパーティーの仲間たちだ。 「ソフィア、お前なに考えてんだ!」 「まさか、本当に魔王と密通していたなんてね!」 「モルゲン様は洗脳を受けていると言っていたけれど、怪しいものだわ」  パーティーの仲間たちは、モルゲンを裏切ろうとするソフィアをなじる。  ソフィアは、コイツらには説明しても無駄だと理解していた。  魔王と勇者の真実を語っても、人間たちは信じてくれないだろう。 「どいてくれ。あなたたちは説得しても聞いてくれないだろうから洗脳でも密通でもどっちでもいい。私はナハトに会いに行く」 「アンタ、頭おかしいんじゃないの? 魔王の顔がいいから籠絡されたの?」 「とにかく、モルゲン様のためにも、ここを通すわけにはいかない。お前がいると邪魔になるからな。魔王に人質にでもされたらどうするんだ」 (魔国から王国に連れ戻したときは、私を人質にしていたんだぞ、あの男は――!)  ソフィアは怒りでカッと頭に血が上り、目の前が真っ赤になる心地だった。 「ソフィア様、このニンゲンどもは無視して魔王陛下のところへ向かうべきです」 「わかってる。でも……」  路地は狭く、騎士団と冒険者たちで行く手を阻まれて、無視しようにも通れない。 「コイツらを突破するしかない……!」  ソフィアは格闘の構えで人間たちを迎え撃った。  しかし、彼らに苦戦することになる。 「氷魔法でソフィアの足を封じます!」 「その隙に騎士団、叩け! 気絶させればこっちのもんだ!」 「回復はおまかせを! ソフィアの攻撃は気にせず、ガンガンいっちゃってください!」  パーティーの魔法使いが氷魔法を放ち、ソフィアはバックステップで逃げ惑う。しかし、通ってきた路地の後ろからも別働隊の騎士団が迫ってきている。 「ええい、狭くてやりにくい!」  どうする。氷魔法を放ってくる魔法使いが厄介だ。アイツを先に倒すべきか。しかし下手に近づいたら氷漬けにされるだけだし、そもそも騎士団が守りを固めていて容易には近づけない。騎士団は回復術師に常に回復されている状態で、突破も難しくなってきた。 (モルゲンはパーティー育成の才能はあるらしい。最初の頃より格段に強くなってる……!)  思わず怯んだソフィアは、しかしひとりぼっちではない。  彼女の肩にポンと手を置いた者がいる。 「ケロン……」 「ソフィア様、お先に行きなされ。魔王陛下が貴女を待っております」 「お先にって、どうやって」  もう路地の隙間は騎士団に塞がれている。囲まれて、包囲を狭められて、氷漬けにされて、それで終わりだ。 「私は、ただ治すだけの医者ではないのですよ」  ケロンは顎を膨らませると、ゲコゲコと鳴き始めた。  最初は何事かと首を傾げていた騎士団と冒険者達だったが、やがて「うわっ!」と驚いて跳び上がる。  ケロンの鳴き声につられて、国中のカエルが集まってきたのだ。  しかも、カエルたちはゲコゲコと一斉に大合唱を始め、騎士も魔法使いも回復術師も、耳を押さえてうずくまってしまった。 「う……うるさい……気持ち悪い……」 「これはただの鳴き声じゃない……妨害魔法……!?」  そう、これは敵の攻撃や呪文を封じる魔法だ。  その証拠に、ソフィアや魔族たちは平然と立っている。 「ソフィア様、今です!」  ケロンの号令に合わせて、魔族たちが腕を組んで踏み台を作る。  ソフィアはそれに跳び乗り、「せーのっ!」と魔族の腕が振り上げられるのに合わせて路地の上――建物の屋根まで跳び上がった。  そのまま屋根を伝って、門を目指して走る。 「ま、待て……! ソフィア……!」 「アンタ、本当に人間の敵になるつもり!? 魔国側につくなら、アンタはもうこちら側には戻ってこれないのよ!?」  叫ぶような罵声を浴びせる仲間たちを振り切るように、ソフィアは駆けていく。  ナハトとモルゲンが、決戦を繰り広げている戦場へ。 〈続く〉
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加