モブなゾンビとギルティフード

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「あーお腹すいた。……ような気がする」  窓側の席で乾いた空に独り言を呟く。  モヤった気分に膝丈スカートの新しい裾がふわりとなびいた。  今、私たち『第5世代』は廃校で集団生活している。人間化への療養だ。  この2ヶ月。奥歯とか耳とか、少しずつ『元の姿』に戻りつつある。まぁ、何れ完全に戻れる日もくるだろう。  だが。 「おや? 存田殿。昼飯(ちゅうじき)には早いが、もう小腹が減り申したか?」  モブ男が寄ってきた。もう用は無いつーの。 「いや、朝飯ったってただのジュースじゃん?」  何しろ胃が元に戻っていないのだ。普通の食事はまだ難しい。残っているゾンビ成分のお陰で、困るほど腹が空くわけでもないが。 「もう私らは『人間の側』なんだよ。だったら、ふつーの人間が食べるような豆腐のハンバーグとかシャリシャリ生野菜のステックとかを食べたいと思わない?」  気晴らしに蹴り飛ばそうとかも考えたが、『人間』のすることではないかと思い留まる。 「何かモヤるんだよな」  少し離れたところで『仲間』たちが楽しそうにスプラッタなお喋りをしている。 「いやー、目玉って意外とコリコリしてるんだな」 「肝臓って血生臭くってさぁ」 「やっぱ、太ももだよ。肉が甘くてさぁ」  ここでもカーストが存在する。  より人間を食った連中が上位に位置し、「えー、いいなぁ。あたしなんか小指の先しか食べられなかったのにー」とか言ってる取り巻きを従えてやがるんだ。  そんな中、私たちは『誰一人食えなかった』。もう今は『人間を食う』という理由も衝動もない。  私はゾンビとしても『モブ』のまま終わったのだ。 「くっそー、め。自分たちだけいい思いしやがって。腹が立つ」  ボソリとそう呟くと。 「まあいいではこざらんか。誰一人被害に遭わせることもなかった訳でござるし」  その意味では私たちは無罪(セーフ)かも知れない……が。  今回の対応の速さ。恐らく、ゾンビ化は密かに研究されていたではないかと睨んでいる。難病や大怪我からの緊急救命として。ならば異様に研究が進んでいるのも納得できる。  そして皆んな薄々気づいている。少しでも『食人』した元ゾンビは治療の効果が低いことを。もしかしたら街のゾンビたちがモブっていたのは、本能的にそれを悟っていたのかも。  仮にそれが『罪の食材(ギルティフード)』に手を出した罰だとしたら、『手を出さなかった罪』は無いのだろうか。  無いのなら、ただのモブだったはずの私が何故こんなに仲間外れで申し訳ない気持ちになるのだろうか。  ……ごめん、私たちだけ元の世界に戻れて。 「いやーそれにしても人間に戻れるとは思ってもみなかったでござるなぁ」  モブ男の作り笑いが空回る。  だがこの先の人生までモブで済ませたのでは彼らに対するにはなるまい。期待される成果に背中が重い。  これならただの空腹なモブゾンビだった方が気楽だったかも。 「これが本当の『人を食ったような話』でござるよ」  と、モブ男が胸を張る。多分、渾身のドヤ顔なのだろう。よく分からんけど。    窓の外から入る風は相変わらず乾いている。  「はぁ……」  今日の私は、いつも通りにモヤったままだ。 完    
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