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「絶対防衛線か……」
少し離れた小高い丘から見下すと、東西一直線に長い光の帯が見える。多分、あれがそうなのだろう。
恐らくは自衛隊を始め、機動隊やら何やらが相応の武器を用意して陣を張っているに違いあるまい。迂闊に近づけば機関銃はおろか戦車の主砲でぶっ飛ばされて終わりだろう。それだけは避けねば。
とにかく、私としては何としてもあの防衛線を掻い潜って『人間を食べる』という至高の瞬間を味わいたいのだ。
そしてなるべく見つからないようにしてそのままゾンビ側へと退避したいという都合のいい腹積もりである。
「最前線は割りと静かだな」
ゾンビは夜目が利く。目が慣れてくると陸上自衛隊の隊員とおぼしき迷彩柄のヘルメットを被った男たちがじっとして銃を携えているのが分かる。
「もっとこう、攻めてきたゾンビたちと白熱の攻防を繰り広げていると思ったが」
私としては大波のように攻めてくるゾンビに慌てふためいているところを、こそこそっと走り抜けて陣を突発するつもりだったのだが。
「これでは下手に近寄れんな。何か手はないかな」
モブ男に尋ねるが。
「何か咎められたら『怪しい者ではありません。ただのゾンビです』と申開きするのは如何でござろうか?」
「アホか! ゾンビの時点で十分にアウトだろ! んなこと言った瞬間に弾丸の雨を喰らうだろうが!」
ダメだ。やっぱし脳が腐ってやがる。当然かもだが。
「しかし、何でゾンビ軍団がいないんだ? もっと攻めてきててもいいだろうに」
「どうも第一陣はかなり前に全滅したらしいゆえ、ゾンビ側も引いておるやも知れんな」
モブ男がスマホでニュースを検索している。
「ぜ、全滅ぅ?!」
馬鹿な、アホみたいな数のゾンビがいたはずなのに。
「おのれ人間め、この短時間でそんな殲滅兵器を揃えるとは!」
自分が人間側なら頼もしい限りだが、今となっては話が違う。あー何かモヤるわ。
「どうやら消防の放水車を使って大群ゾンビの上から、希塩酸を撒き散らしたようでござるな」
「……結構、力技だな。おい」
強酸の雨なんぞ浴びた日には流石のゾンビとてひとたまりもあるまい。
「敵は手強いでござるな。それで、存田殿には何か秘策とかあり申すのか?」
「あるっちゃあ、ある」
敵が力技で来るってんなら、こっちも力技で対抗してやろうじゃないか。
「ほう、どんな手があるので?」
モブ男が身を乗り出してきた。
「あんたを前に立たせてな」
「ふむ、それで」
「そのままあんたを盾にして押し通る」
「いや、無茶苦茶な力技ではござらぬか! 拙者それでは討死同然!」
「同然ではなく『討死してもらう』のだよ、そのために連れてきたんだから」
以前に全力で蹴っ飛ばしたときに思ったんだけど、ゾンビって凄いパワーなんだよね。モブ男担いで進むなんて全く問題ない。
「うぎゃぁ! ◯x▲√Ω☆※□!!」
モブ男が何か叫んでいるが。
「うおりゃあ! 突破するぞぉ!」
もう、突撃あるのみだ。
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