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蠱惑的な笑みを浮かべて顔に伸ばされたベラの手を、ルドヴィックは半歩下がってさりげなく避けた。満腹のときは嗅覚が鈍るとはいえ、あまり近づけば人間の匂いに気づかれるかもしれない。
「お前と食前の運動をした男がその後どうなるのか、俺が知らないとでも?」
「やぁね、同族のあなたを食べたりできないんだから、心配ないじゃない」
「悪いが、朝からそんな元気はないよ」
ルドヴィックは苦笑しつつ、体力の限界を感じていた。自分ではなく、ミルセアの、だ。彼の命綱である四肢の筋肉は硬直し、小刻みに震えている。
「もう、この甲斐性なし! 謝肉祭で精気を養わないからそんなことになるのよ」
ベラは長い髪を揺らし、長身のルドヴィックを上目遣いににらんだ。彼女の頭頂部には、小さなツノの先端が、ふんわりした巻き毛からわずかに見えている。
「ルドヴィック、あなた本当にもったいないことしたわ。今年の謝肉祭、とっても良かったのに」
「へぇ?」
「おじい様が私のお願いを聞いてくださったの。今までになく子どもが多かったのよ」
ベラがうっとりと目を細める。ほう、と赤い唇から吐き出された吐息には、生々しい人間の匂いがした。
まずいな。ルドヴィックは内心焦り始めていた。ベラがまだ気づいていないだけで、彼女の目の前には、好物である人間の子どもがいる。ミルセアは小さな体をぶるぶる震わせながら、マントの中で、ルドヴィックの胴にしがみついているのだ。
「きれいな青い目の子がいてね、眼球がプチュッと歯ごたえよくて、最高だったわ」
「そう、か……」
「子どもは肉もやわらかいし、大人よりずっと美味しいわよね。特にあの、プルンとして芯のコリコリした、少年のペ──」
ドッ、と、廊下に鈍い音が響いた。ハイヒールの脚に振動も伝わっただろう。ベラが驚いた目を床に向けた。
「ルドヴィック……?」
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