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4.
庭園には、胸が悪くなるほど血の匂いが充満していた。建物の外とはいえ、城門のような高い塀に囲まれているため匂いが霧散しないのだろう。屋敷を出たとたん濃くなったその匂いに、ミルセアが気づいていないはずはない。しかし彼は一言も口をきかず、いっそう腕に力を込めて、大股で門に向かうルドヴィックにしがみついていた。
ギギギギギギィ
耳障りな金属音を立てて、塀の門が開く。人間の力で開けられる重さではないから、たとえこの音を誰かに聞きつけられても、謝肉祭の生き残りが脱走しようとしているとは思われないだろう。
塀の外に足を踏み出したルドヴィックはそこで、マントの上からミルセアの背中をポンと叩いた。
「もう大丈夫だ」
それを聞くやいなや、とうに体力の限界を超えていたミルセアの四肢から一気に力が抜け、彼は地面に落ちてへたり込んだ。
小さな体で、よくがんばったと思う。が、ルドヴィックは子どもを褒める言葉を持ち合わせていなかった。
「ここからは一人で帰れるな?」
そう聞くと、ミルセアは不安げに瞳を揺らしてルドヴィックを見上げている。家まで送ってやれればよいが、塀の外はもう、人間の世界だ。
「昼間の街なら、俺と一緒にいる方が危ない。鬼は嫌われているからな」
鬼が人間を捕食することは、政府も黙認している。だから法で裁かれはしないが、捕食者たる鬼を、人間が快く思っているはずがない。治外法権が認められている荘園の中と違い、人間のテリトリーをうろつけば集団で危害を加えられることもあるのだ。
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