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第10話 騎士団は大騒ぎ
一週間の休暇が明けると、白鷲騎士団本部のある建物一帯が何だがザワザワしていた。そしてそれは、イリーナの職場である救護室も同じだった。
「イリーナ! どういうことなの?」
イリーナが入室するなり、ミレシュが赤毛の三つ編みを振り乱しながら飛んできた。
「ゼノン様と結婚したってどういうこと?」
「えっ…………」
イリーナはドアの前に立ったまま固まった。
「なんで、知ってるの?」
「閣下が休暇届を出す時にあんたの分まで出したって、事務官が言ってたのよ! ねぇ、どうして教えてくれなかったの? まさかっ、あたしに遠慮したんじゃないでしょうね? 確かにあたしはゼノン様推しだけど、イリーナの幸せを妬むような狭量な女じゃないわよ!」
ゼェ、ハァ、と息を切らすほど捲し立ててから、ミレシュはようやく一息ついた。
「とりあえず、座って話そうよ」
いつの間にか横に立っていた治療師のアレクが、イリーナとミレシュの手を引いて休憩スペースの長椅子に移動した。
「────実は、結婚の話を聞いたのが、その、結婚する前日の夜で……私も、仕事帰りに神殿に行くまで、相手が誰だか知らなくて」
「はぁ?」
「いや、だから、その────」
二人に魅了眼の話をする訳にもいかず、イリーナは考えた末に、この結婚は、父の借金を肩代わりするためにゼノンが申し出た〝慈善活動〟のようなものだと話した。
「────だから、いつか離婚する為に、こっそり婚姻の儀式をしたんだと……」
「ありえない! 例え仮の結婚だったとしてもよ、乙女の夢である結婚式をこのお仕着せで済ませるなんて! 閣下を見損なったわ!」
「へ?」
イリーナは目を瞬いた。
絶対に自分が怒られると思っていたのに、どういう訳かミレシュの怒りはゼノンに向いている。
「そんなことより、僕が心配なのは、イリーナが無理強いされてるんじゃないかってことだよ。ねぇ、上司だから嫌だと言えなかったんじゃないの?」
アレクまでが身を乗り出してイリーナに詰め寄ってくる。
「いえ、そんなことは……夫婦生活的なことも、一切ないですし」
「はぁ?」
ミレシュはまた憤慨してゼノンを罵りはじめたが、アレクは何故かニコニコと笑っていた。
「────イリーナ。王太子殿下に挨拶に行くから、一緒に来てくれ」
救護室のドアが開いて、ゼノンが顔を出した。
ちょうどミレシュの質問攻めも収まって、みんなで備品の整理をしていたところだったので、イリーナはホッとしながらゼノンについて部屋を出た。
二人が騎士団本部の廊下や訓練場の脇を通ると、もれなく若い騎士たちから囃し立てられた。騎士団長の突然の結婚は、彼らにとって格好のネタなのだろう。
もちろん、「なんであんな娘が!」という女性からの不満の声もあるにはあった。
誰が見ても、イリーナとゼノンでは釣り合いが取れない。女性たちの声が聞こえてくるたびに、イリーナはただただ申し訳なく、肩をすぼめて俯くしかなかった
(私の秘密を守る為とはいえ、閣下には貧乏くじを引かせてしまったな)
人目を避けて、わざわざ城下の神殿で秘密裏に婚姻の儀式をしたのに、まさか休暇届からバレるとは思わなかったのだろう。
一見した限りゼノンが気にしている様子はないが、イリーナは彼の今後が心配でならない。
王宮へ続く中庭に出たところで、イリーナはサッと辺りを見回した。人影が無いのを確かめて、一歩先を歩くゼノンに声をかけた。
「閣下、あの……結婚のこと、みんな知っていたのですが、閣下はその……大丈夫ですか?」
「ん? 大丈夫とはどういう意味だ?」
ゼノンが振り向いて立ち止まったので、イリーナも慌てて立ち止まる。
「結婚のことは、休暇届を出す時に俺から話したが、何か問題でも?」
「え? 閣下が、話したんですか? わ、私はてっきり、閣下は秘密裏に結婚したいのかと……だから、あんな時間に、婚姻の儀式をしたんだと……」
「隠す必要がどこにある? とにかく急いでおまえを保護する必要があった。だが、神殿の都合であの時間しか空いてなかったんだ」
「そう、なのですか? でも、あまり広がると、閣下の次の結婚に差しさわりが……」
「次の結婚? おまえは何の話をしているんだ?」
「ですから、私と離婚した後に────」
「は? 離婚……したいのか?」
ゼノンの瞳が険を帯びる。
「へ?」
「悪いが離婚はしない。この話は家に帰ってからだ。行くぞ!」
ゼノンが大股で歩き出し、イリーナは小走りに彼の後を追った。
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