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第14話 魔鳥襲撃の謎
「そんなに知りたいなら教えてやるよ! ああ、そうだとも。防御網を消したのは私だ! 〈守りの塔〉の魔法騎士どもを倒せば、花街のツケを払ってくれると言われて……つい。ツ、ツケのことを父上に知られたくなかったんだ。ほんの出来心だったんだ!」
イリーナが魅了眼を使った途端、ヴルジュ侯爵家の嫡男マーティは盛大に自白し始めた。
誰もが演技を疑いたくなるような内容だったが、彼は今、魅了の力で嘘がつけない。
(あんなに緊張したのに……)
さっきまで手が震えるほど緊張していたイリーナは、何だか損をしたような気分になった。
◇◇
ほんの少し前、イリーナはゼノンの後について拘置塔の螺旋階段を上がった。
最上階にある貴族用の拘置部屋は、扉に格子窓があること以外は、寝台やテーブルや長椅子といった調度が置かれた普通の部屋だった。
部屋の中にいたのは二十代半ばと思われる青年だった。薄茶色の髪に青い瞳。凡庸な顔に覇気はないが、反省している様子もなかった。
長椅子にだらしなくもたれていた彼は、食事のトレーをテーブルの上に置くイリーナの顔をじっと見つめ、好色そうな目で彼女の体を舐めまわした後、下卑た笑みを浮かべて扉の内側に立つゼノンに顔を向けた。
「この女は置いてゆけ。さっさと扉を閉めろ」
「おまえ……自分の立場がわかってないようだな?」
「なっ、なんだと? 私が誰か知らないのか? マーティ・ヴルジュだ! 私の父はヴルジュ侯爵だぞっ!」
「は? それがどうした?」
ゼノンが目を眇めて不快感を露わにする。
いつもと違うゼノンに驚きながら、イリーナは彼を止めようとプルプルと頭を振った。そして、勇気を振り絞ってマーティを見上げた。
「あ、あのぉ……」
「ん?」
鼻の下を伸ばしたマーティがイリーナを見下ろしてくる。
そう、視線を合わせてしまえばこっちのものだ。
(あなたは嘘がつけません。本当のことを話してください!)
イリーナが魅了の力を解き放ちながらそう強く願うと、マーティはベラベラと自白し始めたのだった。
◇◇
「あの……閣下は、尋問に立ち会わなくて、よろしかったのですか?」
ガタゴトと揺れる馬車の中でイリーナがそう尋ねると、ゼノンは眉間にしわを寄せたまま、ゆっくりと腕を組み直した。
「ああ。あの様子なら、殿下と白鷲騎士団の幹部連中に任せておけば大丈夫だ。明日には詳細な報告書が出来上がってくるだろうし、万が一、ヤツの自供で緊急の事案が発生しても、殿下がいらっしゃれば俺がいなくても大丈夫だ。それよりイリーナ、今日は疲れただろう?」
ゼノンがふっと表情を緩めてイリーナを見つめてくる。
いきなり甘やかな視線を向けられて、イリーナの胸がドキンと高鳴った。
すでに彼女の前髪は定位置に戻り、完全に瞳を隠している。直接ゼノンの瞳を見ている訳ではないのに、鼓動が速くて落ち着かない。
これ以上は見ていたら心臓が壊れてしまいそうで、イリーナはサッと視線を外した。
「はい。でも、私なら、一人で帰れますし……」
ウロウロと彷徨わせた視線をゼノンの肩に固定させていると、ため息交じりの声が降ってきた。
「俺と一緒では気づまりだろうが、これからも外へ出るときは俺が同行する。おまえの安全のためだから、我慢してくれ」
「……はい」
頷いてしまってから、イリーナは自分の失敗に気がついた。
(違うんです! 気づまりだなんて、そんなこと思ってません……あぁぁ)
目をぎゅっと瞑り、イリーナは心の中で悲鳴を上げた。
ゼノンには、いつも通りに行動して欲しかった。ただそれだけなのに、言葉が足りないせいで、まるでイリーナが〝彼と一緒にいたくない〟みたいになってしまった。
難しい顔で押し黙ってしまったゼノン。
イリーナは、この居たたまれない空気を何とかしようと必死に話題を探したが、元来口下手な彼女には難し過ぎた。
(ああ、今日はなんて日だろう。休暇明けでみんなに騒がれて、王太子殿下に挨拶に行ったら魔鳥が襲ってきて…………んん?)
自分の失態に凹み過ぎて忘れていたが、魔鳥の襲撃を受けた時、イリーナは何かが頭に引っ掛かったのだった。
魔鳥の襲撃と、〈守りの塔〉にいたマーティ・ヴルジュ。
彼は誰かに頼まれて防御網を消したと自白していた。要するに、マーティは実行犯で、彼の後ろには主犯がいるということだ。
その主犯が誰なのか、動機は何なのかということも気にはなるのだが────。
(……彼が防御網を消した時に、偶然魔鳥が通りかかるなんて……ふつう、有り得ない、よね?)
魔獣の被害は甚大だが、そう頻繁には起こらない。それに、魔獣が〈魔樹海〉を出れば、白鷲騎士団が交代で駐留している〈物見の塔〉から狼煙が上がる。それが各町の狼煙台を経由して、短時間で王都に伝わるのだ。
王都上空まで魔鳥の存在が見過ごされることは、絶対にない。
(誰かが、意図的に、魔獣を連れて来た……?)
そう考えた途端、血の気が引いた。
魔獣を操れる人間はいない。騎士たちが使う魔法では、倒した魔獣を捕獲することは出来ても、王都へ向かわせたり、王宮を襲撃させたりすることは出来ない。
(まさか……私と同じ、魅了眼を持つ人が、他にも?)
イリーナのように保護してもらえずに、魔力を悪用されてしまった人がいるのだろうか。
パッと顔を上げて、イリーナは縋るような目でゼノンを見つめた。
「あ、あのっ……閣下は、閣下は、あの魔鳥の襲撃を、どう、お考えですか?」
急に顔を上げて震えながら質問をして来たイリーナに、ゼノンは目を瞠った。
「もしかして……私と同じ魔力を持つ人が、他にもいるのでしょうか?」
「イリーナ、落ち着け」
ゼノンはプルプル震えるイリーナの手を、自分の両手で包み込んだ。
それでもイリーナの震えは治まらず、ゼノンはイリーナの隣に席を移して彼女の体を抱えた。
「大丈夫だ。おまえが心配するようなことは何もない。詳しい話はここではできない。とにかく今は落ち着いてくれ」
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