第23話 告白

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第23話 告白

「大丈夫か? 怪我はないか? ああっ、今すぐ縄を解いてやる!」  我に返ったゼノンは、狼狽えたようにイリーナから手を放すと、彼女の手足を縛っていた縄を短刀で素早く切った。 「あ、ありがとうございます」  久しぶりに手足が自由になって、イリーナはふにゃりと笑み崩れた。  ついさっきゼノンに抱きしめられたせいで、本当はまだ動悸が収まっていないが、ここでグズグズしている訳にもいかない。  階下では、王国騎士たちがホルヴァート伯爵たちを逮捕しているのだ。 「立てるか?」 「は、はい」  イリーナは、手足を軽く撫でてから立ち上がろうとした。が、足に力を入れた途端、ズキンと右足が痛んだ。  グラリと体勢を崩したイリーナを、ゼノンがすかさず抱き上げた。 「あ、あの、大丈夫です。ゆっくりなら歩けますから!」 「ダメだ。おまえはすぐに無理をするからな!」  ゼノンの目に怒りが閃いた────が、怒りはすぐに消え、代わりに切なげな色が浮かんだ。  その顔を隠すように、ゼノンがイリーナの肩に顔を埋めてきた。 「本当に……頼むから、もう危険な真似はしないでくれ。リリィから合図が来るまで、心配で、心臓が止まりそうだった……」  ゼノンはまるで、愛する人に囁くような声で懇願してくる。  こんなゼノンの姿を、イリーナは見たことがなかった。  自分なりにゼノンの役に立とうとしたけれど、かえって彼に心配をかけてしまった。 「すみませんでした。私のせいで、閣下に迷惑を……」 「迷惑じゃない! 俺はただ……おまえに何かあったらとっ!」  顔を上げたゼノンと、驚いて目を見開いたイリーナの視線がぶつかった。 「イリーナ。俺が、おまえと結婚したのは……保護のためなんかじゃない。ずっと前から好きだった。こんな時に、言うべきじゃないのはわかってる。でも……」  ゼノンの瞳が不安に揺れている。 「あ、わ、私も、ゼノン様のことが好きです!」  言わなくては。今言わなきゃ、一生後悔する。  何かに背を押されるように、イリーナは必死に言葉を紡いだ。 (……言え、た?)  (ほう)けたようにゼノンを見つめていたら、じわりと涙が浮かんだ。 「イリーナ?」  驚いたように見開かれていたゼノンの瞳が、ふっと柔らかく細められた。 (ひゃっ)  神々しい笑みにドキドキしていたら、ゼノンの青い瞳が近づいてきた。  とても見ていられずに、反射的に目を閉じると、啄むような優しい口づけが降ってきた。  ◇◇  その日のうちに、ホルヴァート伯爵と彼の部下たちは、王国騎士団によって投獄された。  イリーナは自ら希望して、ホルヴァート伯爵たちに〝嘘がつけなくなる〟魅了の魔法をかけた。  足を痛めていたので、ゼノンに抱き上げられたままという情けない姿だったが、ミランダの為にも早く真実が知りたかったのだ。  ヴルジュ侯爵家お抱えの商人クリッチャイも逮捕され、【魔鳥(ヘルシュルプ)襲撃事件】と【イリーナ誘拐事件】に関わる全ての容疑者が逮捕されたが、その中に、あの青年はいなかった。おそらく、ホルヴァート邸からまんまと脱出したのだろう。  ◇◇  あれから三日間、イリーナは仕事を休んでいた。  痛めた足首は軽い捻挫だったが、大事を取って休むようゼノンに言い渡されてしまった。  寝台で本を読むのにも飽きてきたから、そろそろ仕事へ行きたいと思うのだが、ここ数日ゼノンは帰りが遅くてゆっくり話をする暇もない。 (逮捕された人たちは、どうなるんだろう?)  未だに見つからない謎の青年のことも気にはなるが、一番気になるのはミランダのことだった。  ミランダはイリーナ誘拐のきっかけを作ったが、父親に利用されただけで誘拐には関与していない。彼女には温情を与えて欲しいと頼んでおいたけれど、父親のホルヴァート伯爵は罪に問われることになるだろう。  イリーナは読んでいた本を閉じてサイドテーブルに置くと、カーテンの隙間から外を眺めた。今夜は雲が出ているのか、月も星も見えない。 「はぁ~」  重たいため息をついた時、ゼノンが部屋に入って来た。入浴したばかりなのか髪がまだ濡れている。 「帰ってらしたのですね!」 「まだ起きていたのか?」 「はい。あの、何かわかったことはありますか?」 「ああ。イリーナのお陰で全員から供述がとれた」  ゼノンは寝台に滑り込むと、イリーナの隣に座った。 「まずは王弟殿下だが、今回の件には関与していなかった。それはヴルジュ侯爵も同様だが、知っての通り、息子のマーティ・ヴルジュは、商人のクリッチャイに唆されて〈守りの塔〉を襲撃した。  取り調べの結果、クリッチャイに指示を出したのも、ホルヴァート伯爵に指示を出したのも、ヴルジュ侯爵家の家令セゲーニだったが……彼が自害してしまったため、彼の背後に誰がいたのかは分からずじまいだ。イリーナが会った連絡役の男が誰なのかも、わかっていない」 「そうですか……」 「ホルヴァート伯爵は爵位剥奪のうえ投獄だが、ミランダは奥方の実家へ引き取られる。  マーティ・ヴルジュは投獄。父親のヴルジュ侯爵は何も知らなかったとはいえ、家令も事件に加担していたことから爵位剥奪。  ただ、陛下の温情で、下位の爵位までは取り上げないことになった。よって、今後は彼の庶子がヴルジュ伯爵を名乗ることになる」 「それは、すごいですね」 「ああ。この国で愛人の子が爵位を得るのは、おそらく初めてだろうな」  一夫一婦制をとるグランウェル王国では、愛人やその子供に何の権利も与えていない。それが家庭の平和を守り、ひいては国を守ることになると固く信じているのだ。 「────イリーナ、口づけをしても良いだろうか?」 「えっ? は、はい」  ぷしゅっと湯気が出そうなくらい顔を赤らめたイリーナに、ゼノンが口づけを落してくる。  救出されたあの日、お互いの気持ちを告白し合ったからなのか、彼は毎日のように口づけを要求してくる。もちろんイリーナも嬉しいのだが、この恥ずかしさにはなかなか慣れない。 「足の調子が良くなったら、結婚式のドレスを見に行こうか?」 「はい。私はいつでも大丈夫です」 「もう痛みは無いのか?」 「はい!」 「そうか……」  ゼノンは顎に手を当てて、何やら考え込んでしまった。  どうしたんだろう、とイリーナが首をひねっていると、ゼノンが真剣な顔でイリーナに向き直った。 「……それなら、以前交わした約束を破っても良いだろうか? 結婚式までおまえに触れないと言った、あの約束だ」 「え…………」  イリーナはカチンと固まった。 (それは、つまり、そういう……こと、ですよね?)  ゼノンはじっと答えを待っている。  長い長い沈黙の後、イリーナは蚊の鳴くような声で答えた。 「す、少しだけ……こ、心の準備をする、時間を、ください」
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