第六話 国境まで(最終話)

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第六話 国境まで(最終話)

 ここは北京にある日本大使館の裏玄関。  一組の男女が大使館に入ろうとした所を中国の憲兵に捕らえられ必死に抵抗していた。  その男女は脱北者だ。  憲兵は彼らの存在に気付いて注意を払っていたのだろう。裏玄関が開いた瞬間に走り込んで来た所を捕らえられた。  しかし、男の体は半分門の内側に入っていた。  男が門の内側にいる日本人に訴えた。 「おい、俺の体は敷地に入ったはずだ。亡命は成立している。中に入れてくれ」  日本人は落ち着いた声で返した。 「いいや、お前の体は入っていない。亡命は成立していない」 「入っただろう。こいつらに捕まる前に入っていた。頼む。亡命させてくれ」  男は憲兵に腕を引かれながら必死に叫んだ。一緒にいた女性も憲兵に羽交い絞めにされ身動きがとれなくなっていた。 「頼む。こいつだけでも入れてくれ。娘だけでも。頼む」  すると日本人はニヤリと笑った。 「娘?うそを言うな。そいつは国際手配されている工作員だぞ」 「え?」  男は一瞬力が抜け、女の顔を見た。女は無表情だった。  確かに娘というのは嘘だ。  強制労働の施設から一緒に逃げ二ヶ月かけてここまで辿り着いたが、彼女も自分と同じお尋ね者だったとは知らなかった。  日本人は続けた。 「お前が国際手配されている男だって事も知っている」 「しかし……」  しかし、それとこれとは別の話。男は続けた。 「それが亡命できない理由ではないはずだ」 「その通りだがな、まあ、お前さんずいぶんたくさんの日本人を殺したよな」 「え!」 「日本をずいぶんと金づる扱いしてくれたそうじゃないか。そこの女もな」  完全に面が割れている。でもそれだけではないようだ。日本人は続けた。 「どうせ強制労働でゆっくり死ぬよりも、亡命して監獄に入った方が命の保障はされる。そう思って命からがら逃げてきたんだろう」  そこまで知っていてどうして……。男はそう思いながらも叫んだ。 「そ、そのとおりだ。だから頼む。あんなところに返されたら殺されるのがオチだ」 「だめだ。お前が殺した日本人には私の知り合いもいてな。個人的だがお前には恨みがある」 「わ、解った。それは謝る。だから今はそこに入れてくれ。頼む」 「おやおや、ことがバレたと同時に命乞いですか。連れを見捨てて。呆れましたね」  日本人は一つ溜息をつき、男に諭す様に続けた。 「お前が国に見捨てられた事には同情しますよ。それでも私はあなた達を助ける気持ちにはなりません」  日本人は憲兵が落とした帽子を拾いそれを返した。そして一言言った。 「亡命は成立していない」  そして門を閉めた。 「クソッ!これが国家の為に尽くした者への報いか。何が将軍様だ!」  男は門に向かって叫んだ。  冷たい金属音が聞こえ、門は施錠された。  男と女性は憲兵に引かれていった。 ~『北』終わり~
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