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第一話 マツタケと緩衝材
その男は、成田空港より少し遠ざかった町、K市の営業倉庫にやって来た。そしてパレットに積まれた荷物を眺めている。
その積荷にはフィリピンから空輸されて来た物である事を示す表示が付いていた。
男はその横にいる作業服姿の男に声を掛けた。
「兄さん。すまないけど、一箱開けて見せてくれませんか。写真を撮りたいんで」
作業服姿の男は「はい」と小気味のいい返事をして箱を一つ抱えて床に置き、手際良く箱を開いた。
その瞬間、あたり一面にマツタケの香ばしい匂いが充満した。
男はその状態の箱をスマホで撮影し、丁寧にパック詰めされたマツタケを一つ手にとって「うん」と頷いた。そして箱の底に敷き詰められた白いウレタンの入った袋を指で突いた。そしてニヤリと笑い、手に取ったマツタケのパックを戻した。
「ありがとう。戻しておいてください」
「はい」
作業員が開けた箱を閉め元のパレットに戻したのを見届け、男は作業員に再び話し始めた。
「明日の朝一でこのナンバーのトラックがこれを引き取りに来ます」
男はそう言って、数字の書かれた紙片を作業員に渡した。その数字は暗号なので、正しい内容はその作業員にしか解らない。
作業員が頷いたのを見届けると男は続けた。
「このトラックが来るまでは絶対に目に見える場所に出さないで下さいね」
「はい」
「それと、このトラック以外が引き取りに来ても絶対に渡してはいけませんよ。もちろん見せてもいけません。まあ、あなたなら大丈夫だと信じてますけどね」
「はい。それは予め聞いてます」
男がそれを聞いて頷くと、今度は作業員が思い切った表情で聞いてきた。
「つかぬ事を伺いますが」
「ん」
「フィリピンでマツタケが採れるんですか」
男は少し黙ってすぐに答えた。
「まあ、北の方ですけどね」
「北?」
「はい。でもそれ以上は聞かない方がいいですよ」
「そうですか」
そして男は作業員に現金の入った茶封筒を渡した。
「今回の報酬です。先に渡しておきますね。私は明日外せない用事があるもんですから」
「そうですか。ありがとうございます」
「中身を改めてもらいますか」
「はい」
作業員はその茶封筒を開けて、札を数えた。
「おや? 少し多いみたいですが」
男はニヤリと笑い答えた。
「あなたは正直者ですね。だから私はあなたを信用しているんですよ。まあ、その通りです」
「どうしてですか」
「あなたの娘さん、N大学の推薦入学が決まったそうですね」
「ど、どうしてそれを……」
「まあ、ちょっと小耳に挟みましてね。そのお祝いも含んでます」
作業員は額の汗を拭き、そして答えた。
「あ、ありがとうございます」
「じゃ、よろしく頼みますよ」
そして男は作業員の肩をポンと叩いて車に乗り込み、そして去って行った。
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