マダム

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   証拠の入った封筒を権田に差し出した。この日は日本料理屋だった。座敷の個室で、馬渕は武士のように胡座をかいて座り、権田の肩を抱いている。  封筒を持つ権田の手が震えている。馬渕は眉根をクッと寄せ、「ゴンちゃん、一緒に見よう」と親身に言った。もはや舞台役者だ。哀れみの表情など、真斗には顔芸にしか見えない。  権田が開封する。中から写真を取り出すなり、両目をかっ開いた。 「こりゃあひでえ……ゴンちゃん、この男に心当たりはあるのか」  権田は唇を戦慄かせ、「が、外商です」と答えた。  馬渕がハアーッ、とため息をつく。ゆるゆると首を振りながら、「ひでえ、ひでえ」と繰り返す。  写真は莉斗が正常位で峰子を抱いているものだ。決定的な瞬間に、権田の顔からみるみると血の気が引いていく。 「ゴンちゃん、可哀想に。辛いなんてモンじゃねえよな……にしても、なんてひでえことしやがんだ。外商員には誠の精神がねえ……ゴンちゃん、こんな野郎追い出して、これからは全部俺たちに任せてくれ。俺たちは絶対裏切らねえからよ」  馬渕は権田を慰めるフリで家の完全リフォームを提案し、しまいにはホテルの増築工事を取り付けた。  権田を自宅へ送り届けた後、馬渕に連れられて行ったのはキャバクラだった。大物案件に浮かれているようだ。馬渕は高額ボトルを次々と開けていく。  キャバ嬢にスキンシップされても、真斗は全く興奮しなかった。荒れた皮膚をかいている方がよっぽど良い……でもそれも昨日で終わりだ。今頃権田は峰子に証拠を突きつけ、二度と外商員を家に上げるなと癇癪を起こしているに違いない。真斗はグラスに入った酒を一息に飲んだ。アルコールが巡っても、高揚することはない。  そのとき馬渕のスマホが鳴った。馬渕は自分の肩に寄りかかっていたキャバ嬢を引き剥がすと、席を立った。スマホを持って店を出ていく。真斗はその背中を眺めながら、馬渕の仕事に対する姿勢に改めて尊敬の念を抱いた。インチキ商売も立派な事業に思えてくる。  遅いな。そう思った時、馬渕が血相を変えて戻ってきた。 「真斗っ! 出るぞっ!」  濁声を張り上げる。真斗は訝りながら立ち上がった。こういう時、何があったんですか、と聞かれるのを馬渕は嫌う。聞かずとも馬渕は勝手に説明した。 「権田が外商員を殴ったんだと。家に呼びつけて、謝罪させて、でも怒りは収まらずに、無抵抗の男を殴りまくって、気失っちまったんだと」  鳥肌が立った。言葉が出ない。 「チッ、これだから素人は。加減ってモンを知らねえから……下手したら死なせちまってるかもしれねえぞ」  ぐらりと眩暈がした。焦燥感が込み上げ、息苦しくなった。タクシーが目の前に停まる。 「真斗テメエ、タクシーん中で余計なこと言うんじゃねえぞ。権田ん家に着くまで黙ってろ」  馬渕が言ったが、真斗は返事もできなかった。足を引きずるようにしてタクシーに乗り込む。移り変わる景色にさえ気分を悪くし、到着するまで俯いていた。  だが権田の家に到着すると、転げ落ちるように車を降り、玄関へ猛ダッシュした。インターホンを何度も押す。待ちきれずドアノブに手を掛けると、あっさりと開いた。けれど中へ入ろうとした真斗の肩を、馬渕がガッチリと掴んで止めた。 「テメエは俺の後に来い。勝手なことしたら許さねえからな」  その言葉で我に返った。舌が張り付いて動かないので、頷いた。馬渕の後に続いて中へ入る。奥から勢いよく権田が現れた。メガネがずれ、少ない毛髪が汗で額に張り付いている。 「ま、ままま、馬渕さん……ど、どうしようっ……」 「どこにいる」 「応接間です」  権田が入ってすぐのドアを開けた。馬渕が行く。真斗も続こうとしたが、権田に先を越されてしまった。そのタイムロスにすら苛立ちを覚えた。中へ入る。  ペルシャ絨毯に男女が倒れていた。峰子と莉斗だ。峰子は後ろ手に縛られているが意識があり、莉斗は拘束はされていないが意識がなかった。  馬渕がしゃがみ、莉斗の頬をペチンと叩いた。まつ毛がひくりと動く。 「息はあるな」  視界の隅で、権田が爪を噛んだ。怒りが込み上げ、真斗は権田の胸ぐらに掴み掛かった。 「テメエッ、なんてことしやがるっ!」  廊下へ押し出した。 「真斗っ!」  馬渕の怒号が響く。次の瞬間には頭を殴られ、真斗は床に突っ伏していた。すぐさま身体を返すが、立ち上がろうとしても力が入らなかった。よくも……腰をついたまま、権田を睨みつける。 「馬渕さん……ど、どうしよう……僕、まだ気が済まないんです。やや、やっぱり、殺さないと……」  このチビ助……真斗は荒い息を吐いた。 「ゴンちゃん、気持ちは分かるが一旦落ち着け。あんな野郎のために人生捨てることねえよ。安心しろ。あとの始末は俺たちに任せろ。ゴンちゃんはゆっくり休みい」 「ここ、殺してくれるんですか?」  馬渕は苦笑いした。 「ゴンちゃん、俺らヤクザじゃねえんだ。そんな物騒なことできねえよ」  権田は顔をしわくちゃにし、肩をすくめ、握った両拳を震わせた。指の関節に血がついている。加減を知らない男は、どれほどの危害を莉斗に加えたのか。真斗は怒りで頭がかち割れそうだった。 「じゃあ……か、帰ってください。他に頼みます」 「おいおい、他に何を頼むってんだ。ゴンちゃん、ちょっと頭冷やせ。誰が無償で人殺しなんか引き受けるんだ」 「金なら払いますよっ!」 「つけ込まれて、死ぬまで財産吸い上げられるぞ。今まで通り、ホテルの支配人でいられると思うなよ。テメエは一生食いモノにされるんだ。それでも良いのか? ええ?」  馬渕が凄む。権田は顔中に珠の汗を浮かべ、「いいいっ、良いですっ!」と言い切った。 「ようし、言ったな。ゴンちゃんは真の男だ。真斗、やるぞ」 「えっ」  真斗は耳を疑った。馬渕が応接間へと入っていく。真斗は慌てて立ち上がり、後を追った。 「馬渕さんっ」  馬渕は莉斗の身包みを剥いでいく。 「馬渕さんっ、やめてくださいっ! 警察呼びますよっ!」  馬渕の腕を掴むと、ギリっと睨まれた。真斗も負けじと睨みつける。 「殺しなんてありえませんよ」 「殺すわけねえだろバカ、本気にすんな」  頭に空白が生まれた。戸惑う真斗をよそに、馬渕は手際よく莉斗を裸に剥いた。荒れた背中に、「なんだこりゃ」と首を傾げる。 「ねえ、あなたたち、そんなことしてタダで済むと思ってるの?」  横たわったまま、峰子が言った。 「ヒロ、警察を呼んでちょうだい」 「真斗、あの女の口、塞げ」  二人で峰子を見やった。この状況は自分の告発が原因だが、元を辿れば、あの女が莉斗を誘惑したのが発端だ。真斗はぬらりと立ち上がった。 「あっ……峰子は殺さないでください。やるのはそいつだけで大丈夫です」  権田が入ってきた。そいつだと? 全く癇に障る男である。殺気を感じ取ったのか、馬渕が宥めるように真斗の肩をポンと叩いた。 「ああ、分かってる。ところでゴンちゃん、普通に殺すんじゃつまらねえだろ。たっぷり痛めつけねえか」  権田の貧相な頬が紅潮した。 「な、何をするんですか」 「こいつを女にするんだよ」   真斗は目を見張った。 「馬渕さんっ」 「真斗テメエは黙ってろ。ゴンちゃんは俺のマブだ。殺すのは簡単だ。でもそれでゴンちゃんの気が晴れるとは限らねえだろ。ゴンちゃんの怒りを取り払うこと、それが最優先だ」  馬渕に殺す気などない。真斗は確信した。痛めつけることで権田の気を晴らし、それで終わりにしようという魂胆だ。でも、女にするって…… 「ゴンちゃん、ロープはあるか」 「は、はいっ」 「持ってきてくれ」  権田が出ていくと、馬渕は莉斗の側にしゃがんだ。 「しかしなんだこの身体は。ボロボロじゃねえか……奥さん、あんたよくこんな身体に抱かれたな。怖くなかったのか」  感染症を疑っているのか、馬渕は触れようとしない。 「それは蕁麻疹よ。他人に移りはしないわ」  グッと心臓を鷲掴みされたような気がした。峰子は、この肌荒れがストレス性のものだと知っている。……そのストレスは自分かもしれないと、考えたことはないのだろうか。全く一度もその疑問が()ぎらないというのは、考えにくい。  権田が荒縄を持って戻ってきた。  馬渕は莉斗をソファに座らせ、股を大きく開かせた。ぐるりとソファの背にロープを回し、先端を左右の足首に巻き付ける。弛みがないため、莉斗は膝を閉じることができない。意識のない性器は俯いている。膝には真新しい痣がいくつかあるが、太ももは綺麗な白だった。思わずゴクリと喉が鳴る。止めなければ、という理性よりも、触りたい、という欲求が優った。 「真斗、こいつの目、塞げ」   言われ、ネクタイで莉斗の目元を覆った。キュッ、と後頭部で縛り、ついでに頭を撫で、耳の中に指を入れた。くすぐったいのか、莉斗は嫌がるように首を振った。 「テメエはヒロ、俺はトシだ。本名で呼ぶんじゃねえぞ」  真斗は頷いた。  両手はかくりと後ろに折り、一つにまとめて封じた。  馬渕はごらんなさい、と見せつけるように、背後から莉斗の二の腕を掴んで言った。 「ゴンちゃん、これからこいつを女にする。きっと奥さん、みっともなく喘ぐ男に失望して、抱かれたことを後悔するぜ」 「やめなさい……犯すなら私を犯せば良いでしょうっ!」  峰子が吠えたのと同時、莉斗の頭が、意識を取り戻したように上向いた。左右に振りかけた頭を、馬渕が両手で挟んで止める。異変に気付いた莉斗は両足を動かそうとするが、それもロープでままならない。 「な……」  小さく開いた唇から、掠れた声が漏れた。 「お、ちょうどお目覚めか。よしよし、じゃあ早速始めるか」 「え……な……」  莉斗の二の腕に鳥肌が立った。 「ヒロ、やれ」  何を、とは言われなかった。だから真斗は欲望に従うことにした。ジャケットを脱ぎ、無防備な裸体の……小さな突起に吸い付いた。
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