マダム

3/12
前へ
/12ページ
次へ
   高級住宅地とあって、豪邸が並んでいる。道路も広々と滑らかで、すれ違う車は高級車ばかりだ。やりづらいな。口の中でつぶやく。薄汚れたミニバンは獲物を物色しているようにしか見えない。それにこの作業着だ。誰が快く迎え入れてくれると言うのか。  できるだけ年寄りの住んでいそうな家を探すが、決めきれない。ふとカーポートに停められた普通乗用車が目についた。この家はどうだろう。浮世離れした金持ちよりは、庶民的な方がいい。徐行して塀の奥を窺う。派手な外観の輸入住宅だ。出窓にメルヘンチックなレースのカーテンが掛かっている。普通乗用車とマッチしない。車はおそらく来客だろう。ならば論外……  ん? 車のナンバーに見覚えがあった。地方では珍しくもないトヨタ車だ。だから気にも止めなかったが、間違いない、これは莉斗の車だ。  たちまち好奇心が湧き上がった。今、この家を訪問したらどうなるだろう。外商部員は付き合いの長い顧客には執事のようにこき使われる。もしかしたら、莉斗が出てくるかもしれない。そうしたら上がり込むのは簡単だ。なんなら莉斗に浄水器を売りつけてもらってもいい。    カーポートには余裕があり、真斗は車を停めた。工具箱を持って車から降り、門のインターホンを押す。「どうぞ」と女の声が聞こえ、呆気なく門が開かれる。真斗は名乗ってもいない。不審に思ったが、レンガの敷かれた小道を進む足取りは軽かった。はやく湊の驚く顔が見たい。  玄関から、胸元のはだけたワンピースを着た女が現れた。四十代後半くらいか。美人の部類に入るが、顔の至る所に老いが見られる。香水の匂いがキツく、目元が潤んでいる。女は誘惑するように微笑むと、「なんの用?」と首を傾げた。  真斗はギョッとした。よく見れば、女は下着をつけていなかった。大きな乳首が透けている。視線を素早く床へ落とすと、見覚えのある靴が目に入った。よく磨かれた革靴は莉斗のもので間違いない。真斗はゴクリと喉を鳴らした。 「ねえ、なにしに来たの?」  女は真斗の首に両手を巻き付け、豊満な胸を厚い胸板に押し付けた。学生時代、真斗は水泳部に所属していた。百八十七センチの長身はバタフライで鍛えたしなやかな筋肉に覆われている。女は真斗の首から、その肉体を堪能するようにするりと背中に手を滑らせた。 「……水道管の、点検に……」 「頼んだ覚えはないけれど」  女はスンスンと鼻を鳴らした。誘惑に乗れば、いくらでも金を取れそうだ。 「最近、水漏れのトラブルが増えているんです。水道料金が高いと思われたことはありませんか?」  言いながら、真斗は薄暗い廊下の先を睨みつけた。この先に莉斗がいる。質は違えど、あいつも訪問販売に変わりはない。外商部員一人当たりのノルマは月に一千万と聞いたことがある。太客を逃すまいと、莉斗はこの女とどこまでしたのだろうか。キスぐらいならやるだろう。でもその先は? 莉斗は教えてくれないだろうから、女から聞き出すしかない。 「知らないわ。水道料金なんて気にしたことないもの……でも、お願いしようかしら。ねえあなた、私を抱ける?」   あからさまな言葉に驚いた。莉斗はどう反応したのだろうか。真斗は女の腰を抱き寄せた。 「こんなに綺麗な女性を、抱けない男がこの世にいますか」  女はふふっと笑った。首を伸ばし、キスを求めてきたので、応じた。莉斗がキスをした唇だと思ったら、股間はすぐに硬くなった。 「ねえ、複数でしたことある?」  唇を離すと、女は目を細めて言った。 「……いえ」  真斗はサッと視線を落とした。まさか。脈が早まる。 「今ね、あなたと同じくらいの若い人が来てるの。どうかしら? 私、複数に興味があるの」  真斗は数秒思案し、「どんな奴?」と聞いた。 「ふふ、女性経験の少ない人。私が彼の初めてを貰ったのよ」  バカな。動悸がした。思わず女を抱く腕に力が入る。 「そんな男としたって、満足できないでしょう」 「そんなこともないわ。彼、真面目だから、手取り足取り教えてやればその通りに動いてくれるの。あなたは私のアソコ、舐められる?」 「……そいつは?」 「私がやめてと言うまで舐めてくれるわ」  大きく息を吸った。うまく空気を取り込めない。ありえない。あの野郎、そこまでして売り上げが欲しいのか。 「ねえ、あなたはどうなの? 別に嫌なら嫌でやらなくていいの。どうせならお互い楽しみたいでしょ?」  馬鹿も休み休み言え。莉斗はゲイだ。女とのセックスなど苦痛でしかない。  真斗は女を更に抱き寄せ、茶髪の長い髪をやさしく撫でた。 「どうかな。やったことないけど、奥さんにならできる気がする」 「私のことは峰子(みねこ)と呼んで。呼び捨てで構わないわ。私はあなたのこと、なんて呼べばいい?」  真斗が答えに詰まっていると、女はクスクスと笑い、「偽名でいいわよ」と言った。 「後ろめたい仕事でしょ。わかるわよ。でも安心して。あなたのことはうちの人には黙っててあげる。気軽に楽しみましょ」 「……じゃあ、ヒロで」 「オーケー、ヒロね。じゃあ、さっそくしてみる?」 「……順番じゃあダメかな」  「順番?」 「最初は、峰子とソイツがやってるのを見てみたい。気づかれないように、こっそりとね」 「ふふ、変わった性癖ね。その後私を抱いてくれるの?」 「ああ、すげえ興奮すると思う。考えただけでこんなになっちまった」  真斗は股間を女の腰に擦り当てた。胸に渦巻く興奮のうち、半分は苛立ちだ。莉斗が女を抱くなどあり得ない。この目で見るまで信じるものか。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加