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京都には、会社が運営する高校生向けの教室があるが、教材作成関連の業務はない。
浩一たちの作る教材を使用し、アルバイト講師が教える。その管理運営が仕事だ。
内示が出た日の帰り、浩一は留美子と二人、駅前のチェーンの居酒屋にいた。
「私、もうダメなのかな……」
ひとしきり雑談めいた話をし、酔いが回り始めた頃、留美子がポロッと言った。
「ダメって?」
「教材作ること」
「そんなの、まだ分かんないじゃん。3年しか経ってないんだし」
「それはそうだけど」
「世の中に出たら、思い通りにならない事の方が多いと思うよ」
「それは分かるよ。でも……」
「そんな事考えるより、今できることを一生懸命やるしかないんじゃない?」
「うん、それも分かってるよ。でも私、子供の頃からずっと教材作りやりたくて。そのために、塾講師のバイトやって、ここでも編集の仕事、頑張ってきたんだよ。次はきっと制作部に行けるんだって思って。浩一くんだって知ってるでしょう?」
留美子の口調が熱くなる。
浩一も応じるように、
「知ってるけど、視野を広げるチャンスでもあるんじゃないか?教室運営だって、やりがいありそうじゃん?」
「……」
「後ろ向きなことばかり言っててもしょうがないから、こういう時こそ前向きに……」
「結局は大学で決まっちゃうんだよね……」
浩一の言葉を遮るように、留美子が言う。
確かに制作部は、一流と呼ばれる大学出身者がほとんどを占めている。けれど……
「織田さんみたいなパターンもあるじゃん」
と、浩一は、新人時代の自分の教育者の名前を挙げた。
一流と呼ばれる大学の出身でもなく、教室運営から制作部に異動になった、唯一人の先輩が彼なのだ。
「あの人は特別だよ」
「そんなことないって。やればできるさ、留美子にも」
「……」
「諦めたらそこで終わりだぞ。いつか報われるって信じなきゃ」
「……」
「頑張れば、何とかなるさ」
浩一はそう言って、美味そうにグイッとビールを流し込んだ。
入社以来、順風満帆だった浩一は、頑張れば何でも自分の思い通りに進むような錯覚に陥っていた。
そんな浩一の言葉に、留美子は「フッ」と乾いた笑いをして、
「浩一くんはいいよ。初めからやりたい仕事をできてるんだから。思い描いていた通りでしょ?」
「そうかも知れないけど、俺だって努力してきたんだぞ」
「私だってしてきたよ。編集部の立場から教材をブラッシュアップして。そうしていれば、いつか認められて、制作部に行けるかなって」
「じゃあ、続けていけばいいんじゃない?」
「簡単に言うじゃん……」
「そういう姿勢を見せていけば、いつかきっと認められるってことさ」
「……」
「思い通りにいかなくても、頑張って続けていれば、それもいつかは糧になって実を結ぶ。俺はそう思ってる」
酔いが回ってきた浩一は、自分の言葉にも酔いながら、饒舌になっていた。
そんな彼の言葉を、留美子は、グラスの縁を指で擦りながら、もはや聞き流していた。
そのことに、浩一は気づかずに続ける。
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