14人が本棚に入れています
本棚に追加
2
留美子がいなくなって、1年近くが経った頃。
それまで順調だった浩一が、トラブルを起こした。
原稿執筆を依頼していた先生を怒らせ、コースを外される事態にまでなったのだ。
某大学教授でもある、山本というその先生は、ライターとしてはK社ひと筋30年のベテランで、K社が出版する数学の書籍のほとんどに精通している。
社内で『山本原稿』と呼ばれている原稿は、質の高さでも定評があり、社員が加筆修正する必要は、皆無に等しい。
訓練期間を終えた浩一が初めて担当したライターの先生が、山本だった。
本来、新人がそんな大御所を担当するのは珍しいのだが、山本は性格も温和で協力的。
浩一が山本を当てられたのは、浩一の実力を見込んでと言うより、未熟だから。
完成された山本先生との付き合いから、いろいろ学んでほしいという会社の配慮だった。
入社以来、何もかも順調だった浩一が、そんなことにまで考えが及ぶはずもなく……。
トラブルの発端は、山本先生からの原稿が締切ぎりぎりになり、校了までの時間が殆どなくなってしまったことだった。
誤字脱字ぐらいしか直す必要のないのが『山本原稿』。
その点だけを注視して入稿するのが通例であったが、浩一はサッと目を通した時、
(これ……こうした方がエレガントじゃね?)
解答の一部を、ごっそり書き換えてしまったのだ。
ただ、そうした行為は『山本原稿』以外では普通に行っていることでもある。
もらった原稿の内容を検討し、加筆修正して入稿する。それが、制作部の仕事なのだから。
その時も、印刷所から上がってきたゲラを編集部がチェック。初校了となり、教材として出版された。
その本を山本に献本した数日後に、電話がかかってきたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!