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「こういう時は、まずはきちんと謝らないと」  課長が、山本との電話が終わるなり、浩一を呼んで、そう苦言を呈した。  落ち着いて考え直せば、それはそうだと、浩一は素直に思った。  大ベテランで実績もある山本にしてみれば、経験浅い若者に勝手に書き換えられただけでも不愉快なはず。  その上、相談もなく製品化されたのなら、尚更だ。 「すみませんでした」  課長に、素直に頭を下げると、 「関田君の言いたいことも分かるよ。でも、ライターっていうのは、殊更プライドの高い人種だ」 「はい」 「これからのために、いい機会だから言うんだけど、関田君は、自分の意見を言い過ぎる時がある」 「……いけませんか?」 「いけなくはない。むしろ大事なことだ」  と、30代半ばの課長は優しい笑みを向けてから、 「でも、それと併せて、社会人として大事なのは、言われる相手への配慮だ」 「……はい」 「関田君には関田君の事情があるように、相手にも相手の事情がある。相手の気持ちに思いを馳せれば、関田君に何を望んでいるのか、分かるんじゃないかな」  妙に腑に落ちる課長の言葉に、また素直に頷く。 「まぁ、関田君はまだ20代なんだから、荒削りでいい。ポテンシャルは高いんだから、これを教訓にしてもらえればオッケー」  課長はそう言って、指でOKサインを作って見せてから、 「あっ、それからだけど、山本先生から、関田君を外してくれないかって言われてしまってね」 「えっ……」  スーッと血の気が引くのを覚え、絶句する。 「それでだ、君を……」 「課長!」 「……?」 「すぐに謝りに行きます。なので、それ……」 「関田君、落ち着いて。悪い意味じゃないんだ」 「え?」 「そろそろ、山本先生の門下生も卒業だ、ってことさ」  と、課長が柔和な笑顔で言ったのは、次のような話だった。  ライターには4つのタイプの人種がいる。  ① 実力があり、性格的にも扱いやすいタイプ  ② 実力はあるけど、気難しいタイプ  ③ 未熟だけどポテンシャルが高く、性格的にも扱いやすいタイプ  ④ 未熟だけどポテンシャルは高い、けれど気難しいタイプ  パートナーとして仕事を進める上で、難易度が低いのは、もちろん①。山本先生も、ここに分類される。  ④は、難易度が非常に高い。性格的にひと癖もふた癖もある相手と渡り合い、育て上げていかなければならない。  だからK社では、④タイプは、経験を積んだ力量のある社員にしか担当させない。  そういう先生とやり合いながら、良質な教材を作る社員こそ超一流なのだ。  課長はそう説明した後で、 「ちょうどキリもいいから、関田君にはそろそろ次のステップに進んでもらうよ」  と言って、ニコリと笑った。 その笑顔に少しだけ救われた一方で、浩一は感じていた。 (今まで、勘違いしていたのかも)  早い独り立ち。そして、大御所と呼ばれるライターに、花形コースの教材を担当。 (天狗になりかけていた。いい薬なのかも知れない。でも……)  前向きに考えようにも、その薬は劇薬過ぎて、心が折れそうになっていた。
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