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桜並木の哲学の道を見渡せる、大きな窓辺の席。
人気のデミグラスソースのハンバーグランチを食べながら、留美子はこの1年のことを、いろいろ話してくれた。
仕事のこと、京都で過ごすオフの時間のこと……。
生き生きと語る彼女の顔が眩しかった。
食事の後、店を出たところで、再び並んで遊歩道を歩きながら、浩一は言った。
「よかったな。充実してるみたいで」
「うん。今があるのも、浩一くんのお説教のおかげ」
「説教って言うな」
明るい笑い声の留美子につられるように、浩一も笑った。心の中で、今日、急な誘いなのに話を聞いてくれた留美子に感謝しながら。
哲学の道の北端に出たところで、
「じゃ、私、これから仕事だから」
「……そっか」
「浩一くんは?帰るの?」
「うん。明日仕事だし、今日休んじゃった分、仕事たまってるから」
と苦笑してから、改めて心を込め、
「ありがとうな、今日は」
留美子は、微笑を浮かべながら、少ししんみりと、
「浩一くんも。遠いのに、来てくれて、ありがとう。初めて頼ってもらえて、嬉しかった」
そう言って、浩一を見つめた。
バス停の前に着いたところで、留美子は道の先を指差しながら、
「私、これから歩いて京大に行って取材するの」
「取材?」
「そう。合格者インタビュー。うちの教室から京大に合格して、今年入学する生徒さんの体験記」
「へぇ……頑張ってるな」
「うん。楽しいよ。学生の生の声が聞けるのって」
そう言って、瞳を輝かせる留美子を見ていると、
(俺も頑張らないと!)
新たな気持ちが湧いてくる。
「ねぇ、浩一くん」
「……ん?」
「今度、一緒に美容院行かない?」
「えっ?」
唐突な質問にキョトンとしていると、
「その頭、そろそろ何とかしようよ。春だし、浩一くんも変わったし。心機一転」
確かに、しばらく散髪にも行っていなかった髪は、伸び放題になっていた。
「私の行きつけ。京都に越してきてすぐにカットしてもらったお店。それ以来、お気に入りで」
「えっ、美容院って、京都の?」
「あっ、新幹線代は私に出させて。今日、来てくれたから」
「いや、それは俺が勝手に……」
留美子は、穏やかに首を振ってから、
「それに……これから何度も来ることになるかもだし」
そう言って、ニッコリ笑った。
浩一も微笑んで、
「確かに……俺もそんな気がする」
頷き合ったところに、京都駅行きのバスがやって来た。
乗り込む直前、浩一は留美子を振り返り、
「じゃ、インタビュー頑張れよ。記事、楽しみにしてる」
「うん。浩一くんも、今度こっちに来れる日、連絡してね。美容院予約するから」
「オッケー」
と、指でサインを作り、観光客で混雑しているバスに乗り込んだ。
リアウインドーの向こうで遠のいていく留美子は、見えなくなるまで手を振ってくれていた。
1年前とは真逆のような、希望に満ちた別れ……。
車窓を流れゆく春霞の京都の街を眺めながら、浩一はまた、留美子と付き合い始めた頃を思い出していた。
*
ひと月と経たないうちに、再び哲学の道を歩く二人の姿があった。
浩一と留美子。
ただ、変わったことが二つある。
一つは、遊歩道が若葉色のトンネルになったこと。
もう一つは、浩一の髪が短くなったこと。
グリーンの光の中、手を繋ぐ二人は、ランチを食べに、遊歩道脇の洋食屋に入っていった。
(完)
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