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如月舞の物語 ①
「はあ~っ……。今日も面白かったなあ……」
深夜零時――
毎晩同じ時間に更新される、あるネット小説を読むのが私の毎晩の日課となっていた。
この小説を読むようになったきっかけは単純。
金曜日の夜の仕事帰り、毎週楽しみにしていた海外のヒストリカルドラマをネット配信で見ていたのだが今日に限ってメンテナンス中で見ることが出来なかったのだ。
「許せないわ! メンテナンス中なんて!」
イライラしながらコンビニで缶ビールに缶チューハイ、ワインにおつまみを購入。
今夜は1人、1Kのマンションでやけ酒でも飲んでやる。
狭い賃貸マンションに帰って来ると、カジュアルスーツを脱いですぐにバスルームへ直行。
髪をシャカシャカ、身体をゴシゴシ手早く洗うとバスタオル1枚巻き付けただけで冷蔵庫から缶ビールを出してグビグビ飲む。
とてもじゃ無いが人には見せられない姿であるのは百も承知。
だが、連日ハードな仕事の最終日。
大好きなお酒を飲みながらお気に入りのドラマを鑑賞するのを唯一の楽しみにしていたのだから、荒れても当然。
「プハーッ」
あっという間に1缶飲み終えると、パジャマに着替えて1人がけのソファに座ってテレビをつけるも、どうにも見る気がしない。
「う~! あのドラマの続きが観たいっ! 折角婚約破棄をされてしまった伯爵令嬢が元婚約者よりも素敵な男性と巡り合った所だったのに……。こうなったらネットサーフィンでもしよう!」
早速ノートパソコンをテーブルに運び、PCを立ちあげる。そして自分の設定しているHPが立ち上った時、ある文章が目に止まった。
「え~と……何々……? 『ネット小説で話題の聖剣士と剣の乙女……近々書籍化決定……?』ふ~ん。そんなに面白いのかな?どれ、無料で読めるならどうせ暇だし……」
ネット検索をして見ると、やはり話題になっている小説だったのか、すぐに検索キーワードに引っかかって来た。
元々小説を読むのが嫌いじゃないし……どれ、読んでみるか。
「知らなかった~こんなに面白い話だったなんて。やっぱり金の髪の王子様に美人なヒロイン。それに意地悪をする悪女……うん、王道だけど面白い!」
まだ読み始めたばかりだから当分は楽しめそうだ。
****
この日を境に、私はこのネット小説にのめり込むようになっていき、それと同時にこの作品を書いた作者の事が知りたくてたまらなくなってしまった。
そして、ついに私はある行動を取ってしまう。
この事が後に後悔してもしきれない位の飛んでもない事態に巻き込まれてしまうとはその時の私は思ってもいなかった――
ある金曜の夜。
ついに私は決行した。この小説の作者は自身のHPに小説を執筆していた。
私の職業はSE。コンピューター操作はお手の物であった。
なのでこの小説の作者、『川島遥』のPCをハッキングしてしまったのだ。
今にして思えば、どうしてあんな事をしたのかと問われても、恐らく何となく……としか、答えられらなかっただろう。
私は『川島遥』のPCを乗っ取り、彼女が書き溜めていた小説を全てコピーして最後まで読んでしまったのである。
「あ~……面白かった。だけど私は個人的にヒロインのソフィーよりも悪女として登場するジェシカの方がいいな……」
暫く腕組みをしながら、私の中である考えがムクムクと湧いてきた。
……書きたい。この小説を自分自身の観点で。
ヒロインと悪女の立場をひっくり返して、私なりのオリジナル小説を……。
「最近、異世界転生っていう内容の小説や漫画が流行っていたっけ。よし!それなら私の作りだす小説の中に川島遥が事故に遭って、自分の書いた小説の、しかも悪女として転生する話しにしたら面白いかもね!」
そして私はPCに新しく『another』のファイルを作り、自分なりの解釈で悪女であるジェシカ・リッジウェイの物語を書き始めた――
そして、寝る間も惜しんで私は『川島遥』が転生し、ジェシカ・リッジウェイとなった小説を調子に乗って書き続けた。
そしてついにジェシカが弓矢に打たれて、再び現実世界へ戻って来た部分まで書き終えた、ある夜の事――
****
その日は残業でとても疲れ切っていた夜だった。
夜道を重い足取りで静かな住宅街を歩いていた時、突然声をかけられた。
「お前だね? 私達の世界を滅茶苦茶にした犯人は」
突然背後から女の声で呼び止められた。
「え?」
慌てて振り向くと、まるでハロウィンのコスプレでもしているのかと思わせるようなマントを身に着けた人物が立っている。
逆光になっているので顔は見る事が出来ないが、長いマントにドレスのようにワンピースを着ているその女性。
およそ今の現代日本ではあり得ない姿である。
「あの、今私に話しかけたんですか?」
念の為に尋ねてみると、その人物は一瞬で私の目の前に立ち塞がった。
「ヒッ!」
あまりの信じられない光景に思わず悲鳴を上げてしまった。
「お前のせいで……ジェシカが……ハルカ様が、とんでもない目に遭ってしまったではないか!」
え? ジェシカって? それにハルカ様って……ひょっとして川島遥の事なのだろうか?
「お前が勝手に我らの小説を書き換えたから、ジェシカは死にmハルカ様も死にかけている。全てお前の書いた小説の筋書き通りにっ!」
女は私を指さすと怒りの声を上げた。
「え? 嘘でしょう?」
もしかして私は今夢でも見ているのだろうか?
でも布団に入った覚えもない。それではこれは現実の話?
「お前には責任がある。そして重い罰を受ける必要がある。私と一緒に来てもらうぞっ!!」
マントの女の手にはいつの間にか光り輝く分厚い本が開かれていた。
「如月舞‥…! お前を我らの世界へ連れて行く!」
女は広げた手を私に翳し、目も眩むような光が放たれた――
****
「うう……」
次に目を覚ました時、目の前にはあのマント姿の女が立っていた。
「ふん! やっと目が覚めたようだね」
何処までも冷たい口調の女。
そこは真っ白な何も無い世界だった。
「ちょ、ちょっと! ここはどこ!? 私を家に帰してよ!」
「いいや。お前を返す訳にはいかない。ここで罪を償って生きていくのだ。いずれ現れるであろうハルカ様の魂を宿したジェシカ・リッジウェイを手助けする為にな。もっともハルカ様とお前の時間軸はかなりズレているから、お前がハルカ様に会えるのは何十年も先の事になるだろう。それがお前に与えられた罰だ」
言いながら女は目深に被ったフードを外した。
現れたのは赤毛のウェーブが懸った妖艶な女性であった。
「ね……ねえ? さっきから一体何を言ってるのよ? 訳が分からない事ばかり言わないでよっ!」
いつの間にか私と女の立っている場所は薄暗い部屋の中へと変わっていた。何これ。こんな魔法みたいなの……絶対に夢に決まっている!
「煩いっ! おだまり!」
突如赤毛の女は眼前で手を広げると、いつの間にか私の両腕には手錠が掛けられ、足首には足かせが付けられていた。
こ、これは……もしかして魔法……?
この時初めてこれは夢ではなく、現実だと言う事を認識した――
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