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この人、心読めるの?というくらい、雄太のエスコートは完璧だった。同級生とつきあっていた時は、ささいなことでぶつかりあっていた。
どこに行く、何食べたい、いつでもディスカッション。
雄太はお腹がすいたな~と思えば「そろそろご飯食べようか」。喉が渇いたなぁと思えば、ドリンクのケアをする。何もいわなくても欲しいものがでてくる。
菜穂の無料の自動販売機??
そうして菜穂の話を優しく聞いてくれる。困った時は何でも相談に乗ってくれるし、愛されてるなと感じることができた。強引なのはセックスの時だけ。欲望をたたえた瞳で見つめられ、せつなそうに腰を動かしている雄太はとてもセクシーだった。
強烈に愛されていると全身で感じる甘美な時間だった。
「ちょ、聞いてくださいっすよ。ピンク先輩はしょっちゅう俺をいじるんすよ。そりゃ、年上の女性に相手にしてもらえるのは憧れでしたけど、なんか、ちがうんすよね」
「相手にされないより、いいじゃん」
「まあ、そうすっけど。菜穂さん、ピンク先輩は彼氏の前だと全然態度がちがうんですよ。あれ見てると煽られちゃって、彼女がすげー欲しくなるんすよ」
「ふん、頑張れ!お姉さんは応援してるよ」
「どう頑張ればいいんすかぁ。女心、教えてくださいよぅ」
「気に入った娘がいたら、ガツンといけ!ガツンと!」
「先日それやったら、秒で玉砕しました」
しょぼんとした顔がわんこ系で、菜穂はうふふと笑った。
ちょっと、可愛いなぁ。表情もコロコロ変わるし。うわずった声とやんちゃなしぐさに大人の余裕は感じないけど、どこか一生懸命でほほえましく感じる。
たかだかひとつしか違わないのにね。
あれっと電流が走った。
そうか、余裕があると感じるのは、相手が上から目線で見ているからなのか。
な~んだ、そういうことか。
上から目線で見ていた雄太。それが大人の余裕だと感じていた菜穂。大学1年生と4年生じゃ無理もないけど。
「ねえ、わたし、余裕あるように見える?」
すかさずわんこが「見えます、見えます。菩薩か観音さま。大人のいろは手取り足取り教えてください」
こてんと榛名がわんこの頭をたたいた。
「キミさぁ、こんなにチャラかったっけ?」
「え~、俺みたいなモブキャラ、どうやったら彼女ができるんすかぁ」
そんなの、菜穂だって知りたい。
「余裕があるように見えて、わたしも余裕がないんだ。教えられることなんかないわ」
週末の激しい雷雨が過ぎると本格的な夏がやってきた。各地で熱中症警報が発令されている。ひんやりした構内に入り、汗を拭きながら伸は教室へと向かった。
今日のディスカッションは菜穂の質問だ。
要は何か理不尽なことがあった時、『淋しい』が言い訳として成り立つか?ということだろう。
恋が終わったのか。
その男はどんな顔で愛をささやき、どんな指で愛撫したのだろう。身体をつなげた時、どんな性的興奮を覚えたのだろう。
二人でいたところを時々見かけていた。相手の男性は、まあ、見るからに好青年で女子に人気のありそうなタイプだった。
二人のリアルを想像すると生々しく、できるだけ考えないようにしていたが、ふとしたタイミングで映像がよぎり、心が乱れてしまう。ベッドで淫らに乱れ、狂おしいように喘ぐ。愛撫に反応し甘く鳴くせつない声。いつの間にか相手の男は自分になっていた。
「重い事件の裁判でも、相手の家庭環境による、特に幼児期の愛情不足により犯罪に至るケースがありますが、この場合情状酌量を求めるケースは多々あります。事件でこれですから、ささいなモノであれば、『淋しさ』を理由にしたものは一般的に寛容な態度がのぞまれるでしょう」
「寛容といいますが、これは『淋しさ』そのものは、非常に主観的なものであり、第三者がこの範囲と決められないような気がします。人によって意見の分かれるところかと」
「個人で完結していれば勝手にやればいいと思いますが、他人を巻き込んだ場合どう解釈するかですよね。甘えと捉えられることもあります。状況によってちがってくるかと思いますが、最低限の個人の倫理基準を各々持ち、それを共通概念とする。まあ、履歴書代わりに持ち歩くわけにもいかないので、都度判断するしかないのが現状でしょうか」
「『甘え』で損害をこうむるのは周囲です。『淋しさ』は理解できても『甘え』は寛容しかねる。その切り分けが個人の倫理基準の核となるんじゃないでしょうか」
今日も活発に議論がとびかう。みんなよく考えてくるよな。心理学もそうだが、あれだこれだと疑問を持って回答を探し回っているうちに、さらなる疑問がわいてくる。倫理学を学びたい奴は、大なり小なり学者の卵だ。
「さて、だいぶ白熱してきたようだが、『淋しい』は愛おしむべき人間の大事な本質。淋しさを感じないというのは、人間味を感じない。ロボット的だ。確かに『甘え』とは切り離されるべきだろう。
だが、人間は弱い。何かに甘えたくなるのは、人間の理性の限界を超えた、その人のキャパを超えてしまった時だろう。そんな事態は誰にでも起こりうる。だから、寛容的であれと思うわけだ。いつ自分が当事者になるかわからないからな。
淋しさはたやすく人を変えてしまう。『淋しい女は太る』という本があったが、恋愛中毒やアルコール、ギャンブル等の依存症の引き金になることもある。個人の倫理としては、やばいな、と思ったら、抱え込まずに適切な対処をすることだ」
「どんな対処法があるんでしょうか。参考までに教えてください」
「う~ん。そうだな。わたしのケースがみんなに効果的かどうか。『淋しさ』とは喪失感だよな。何かが欠けた!世界の中で何かが欠けた!ということは、欠けたら埋めることだ」
「だからぁ、センセ、そのやり方ですよぅ」
「『淋しさ』の内容によって対処法が変わるから、その気持ちがどこからくるか見極めて、だいたい人と話して、読書とか何か没頭できるものを探すかな。『淋しい』のループだけは避けたいね。おお、スポーツもいいぞ『昇華』だ」
笑っている学生の中で、菜穂はぼんやり考える。雄太は何が淋しかったのだろう。心が離れた言い訳に使っていたのだろうか。わからない。
う~ん、会って確認する気はないが、気になってしまう。淋しかったから、というのは甘えだったということがわかった。会社でキャパオーバーしたのも理解した。
大学2年生の世間知らずの彼女じゃ、力不足だよね。
交際の契約更改は、学力不足で落第?スキル不足で解雇?雄太の世界の大事なピースになれなかったんだね。
これが向き合うこと??これって、負のスパイラルじゃね??
夏休みが目前に迫った頃、雄太からLINEが入った。
(元気?)
別れたらすぐブロックする人もいるが、菜穂はしてなかった。しばらく未読スルーして榛名に相談してみた。
「やっ、そんなの無視しちゃえ。終わったら次の恋をしようよぅ」
「う~ん、そうなんだけどぉ」
「未練?」
菜穂は考える。これって、そうなのかな。
「どうだろう。浮気の理由が知りたくなった、かな」
「ひゃー、聞いてどうすんの」
「次に活かす!」
「仕事じゃないんだから、そんな個体差あるもん、活きないって!」
「あっそうか。でもなぁ」
理由を聞かないと、きっちり終わらせることができないような気がする。もやもやしたまま、次の恋に踏み出せるものなんだろうか。藤枝先生は好きだけど、憧れみたいなもんだし。声をかけてくる男性は、なんか違うと思うし。
「やっぱ、けっこう好きだったんだなぁ」
呆れたように榛名は頭を振り、「まあ、よりを戻すカップルもいるしね。菜穂の気の済むようにしなよ。あ、そうだ。気晴らしに峰岸とデートしてみたら。あいつ菜穂さん、菜穂さんってうっるさいんだよ」
わんこの顔を思い出したら知らず笑顔になった。
菜穂の当て馬作戦は継続中らしい。まったく成果はでてないが。
「おっ、まんざらでもない顔じゃん。どうする?連絡先教えようか」
峰岸の気持ちを想像して思わず笑ったが、榛名はべつの解釈をしたようだ。
「どうかなぁ。イメージできないかなぁ。な~んか、可愛いだけなんだよね」
あれ、雄太にとってのわたし?
その日の夜に返事をした。未読スルー期間1週間。雄太の方がブロックしたかもしれない。
21時頃、ピコンとLINEがきた。
(返信してくれて嬉しい)
(元気そうね。仕事は相変わらず忙しいの?)
(だいぶ、落ち着いてきたよ)
しばらく世間話をかわした。会社帰りの電車の中とのことだ。最寄り駅に着くまでやり取りするのかな?もう切ろうかなと思っていると、
(電車下りたら、電話していい?)
しばらく考えたあと(うん)と返した。
電話がかかってくると、心臓が跳ね上がった。
「もしもし」
「あー、やっと菜穂の声が聞けた」
「‥‥」
「こんなこといえた義理じゃないけど、菜穂とやり直したい」
「えっ」
「その、あの時はごめん」
「そうだけど、やり直せるのかな、わたしたち。わたし、雄太のしたこと、なかったことにできるのかな」
「ちゃんと謝りたい。1分でもいい。会って謝りたい」
「考えさせて」それしか言えなかった。
「今度の土日、休日出勤ないと思うから、空けてるから、どこでもいつでも菜穂の指定する場所に行くから。今度がダメだったら、次の土日。次の次でもいいから、」
このもやもやする気持ちに決着をつけたい気分が大きかった。会ってみてまた好きだと思えたら、その時はその時だ。
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