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そばかすが散った栗毛のノーラ。アーモンド形の瞳のアイリッシュ系アメリカ人。敬虔なクエーカーのノーラの家族は、隣りの部屋に住んでいた。
両親の仕事の都合で小学校からボストンに引っ越していた伸が一人で留守番をしなくてはならない時、ノーラがキッズシッターをよくしてくれた。
小学校3年の伸とハイスクール1年のノーラ。
伸はきれいなお姉さんにたちまちとりこになった。ノーラがボーイフレンドとのデートで帰りが遅くなると、翌日廊下で会ってもプイと横を向いたものだ。
ノーラは笑って抱きしめ、頭をわしわしなでる。それっくらいのことで伸の機嫌はたちまちよくなるのだ。家で飼っていた愛犬のラッキーレベルだ。
日本から転校したてで英語もできず友達もいなかった伸にとって、ノーラはかけがえのない存在だった。
ある時伸は学校でいじめにあった。隣りの席のジャイアンみたいな少年。最初は肘でこづくだけだったが、次第にエスカレートしてきた。ついこの間は落とされた教科書を拾おうとする際、靴で踏まれた。すれちがいざま蹴ってきたり、汚い言葉で罵ったり。
毎日が憂鬱でならなかった。両親の前では普通に振舞っていたつもりだが、表情に覇気がなくなるのは隠しようがなかった。
仮に気づかれたとしても、環境変化によるストレスと考えたかもしれない。
しばらく経ったころ、落書きで汚れてしまった教科書をノーラに見られてしまった。素早く隠そうとしたが、
「ヒーロー、見せて」そういってギュッと抱きしめてくれた。
誰にも言えず一人で抱え込んでいた暗闇に光が差し込んできたようだった。
抱きしめられたぬくもりとノーラの匂いに安心し、グスグスと泣いてしまった。彼女は泣き止むまで背中をポンポンと優しく叩いてくれた。味方がいることが、こんなに心強いなんて。
涙が渇いてきた頃、伸は学校での出来事をポツリポツリと話しはじめた。
「対処法はいくつかあるわ。伸が親に報告して、学校に連絡してもらう。伸が担任の先生にいう。あとは伸が直接いじめっ子に立ち向かう。どうする?」
「直接いったらいじめがひどくならない?」
「程度にもよるけど、いじめた子はカウンセリングが必要になるわ。親を含めてのね。伸に危害を加えるようだったら警察ざたになるし。伸は悪くないんだから、堂々とすべきよ。向こうが屁理屈こねてきたら、きちんと反論すればいいだけの話。いいこと、この国は多民族国家、主張して伝えないと始まらないの」
伸はしばらく考える。親に言う前に、相手に言い返したい気持ちがある。やられっぱなしは性に合わない。それが失敗したら、次の作戦に移行するまでだ。
「なんていえばいいのかな。そのいじめをしてくるヤツに」
時系列で何をされたか、どんな状態だったか、書きだした。
午前中の授業の終わりごろ、退屈しはじめたのかいじめっ子が伸の足を蹴り始めた。年配の女性の先生は黒板で板書している。隠れてやろうとするところが陰湿だ。
伸は思いきり息を吸い込んだ。
「Stop it」
全員がこちらを向く。先生はすぐそばにやってきて、事情をたずねてきた。ノーラが書いてくれたメモを読み上げる。カタカナのルビどおり、英語になってるか自信はなかったが、しっかりと声にだした。先生もメモをのぞきこみ事態を把握したようだった。
事態は反転した。
あとで仲良くなったクラスメイトに、「Stupid」(バカ)って聞こえたけどねと笑われたけど。
6年生を迎える春になると、別れは普通にやってきた。西海岸の大学が決まり、ノーラが家を離れることになったのだ。休みには帰ってくると伸に挨拶したが、仏頂面をしていたことしか覚えていない。
性の目覚めがやってきて、ノーラののびやかな肢体がまぶしく、目を合わせられない。よこしまな気持ち抜きで見られない。細かったノーラの身体も豊かになり、ハグだけで赤面しそうになる。
車の窓から手を振ったノーラの笑顔に、胸がしめつけられるようだった。後談、泣きそうな顔だったと鼻をつままれた。
その日の夜、初めての夢精を経験した。一糸まとわぬノーラが夢の中にいた。
4年後、日本に帰国することが決まった。ノーラも大学を卒業し、ニューヨークで働くことが決まっていた。送別パーティには両親の仕事仲間、伸の友達、近所の人が駆けつけてくれた。
ノーラももちろんいた。挨拶をして、よそよそしい会話をする。だいたい15才の男子は初恋の人相手にどう振舞えばわからない。同級生の女子だったら、気軽なんだけどな。
さらに気持ちをへこませたのは、ノーラがボーイフレンドのネイサンを連れてきていたことだ。
同じ大学のビジネススクールの彼と在学中に知り合い、つきあうようになったとのことだ。卒業後はニューヨークのウォール街で働くことになっている。彼と一緒にいたくてノーラはニューヨークで職を見つけたのだ。監査法人の経理スタッフだ。
それならいっそ、日本だろう。俺のために。
彼の手はぴったりとノーラの腰に当ててある。時々その手がいやらしくなでる。嫉妬ではらわたが煮えくりかえりそうになり、伸はますますぶっきらぼうになった。
「いつか日本に行ってみたいわ。ねえ」
ノーラが甘い声で彼に伝える。
「ああ、いいね。いつか行こう」
「そしたら伸、案内してね。約束よ」
何も知らないノーラは念を押す。天然ボケは残酷だ。
伸が高3になった春、本当にノーラは日本にやってきた。新婚旅行で。
すでに女性経験のあった伸だが、初恋の人は特別なんだと暗澹たる思いにとらわれた。ノーラはさらに魅力的になり、ウオール街のネイサンも有能なビジネスマンになっていた。日本法人の支社長宅にも顔を出すという。入社した時の上司とのことだ。順風満帆な二人。
東京を案内することになったが、伸は当時の彼女、彩香にアテンドしてもらうことにした。初恋の女性の新婚旅行のガイドなんて、マヌケすぎるだろ。
「ステキな二人ねぇ。ニューヨークのマンハッタンに住んでて、有名な会社で働いていて、ああ、何だか別世界よねぇ。セントラルパークやタイムズスクエア、ブロードウエイ」
「そんなん、ニューヨークに住めば日常だろう」
「そうなんだけどぉ」
彩香は口をとがらせる。去年の女子高の学際でナンパした娘だ。男子高校生が連れて歩いて羨ましがられるレベルの容姿。向こうも有名私立高校のイケメン男子は自慢になるだろう。需要と供給の一致。
案外簡単にやらせてくれた。
12月決算の会社のためか、伸の両親は1月付けでイギリスに赴任することになった。日本の大学を受験する伸は、ついて行くことはせず、独り暮らしを選択。母親が日本に残る話もあったが、全力で阻止。特にどうというわけではないが、思春期の年齢の子供にとって、親とはけむたいものである。大学を機に独り暮らしする予定だったので、少し早い独り暮らしだ。
そんな事情があったせいか、両親が出国してしばらく経った頃、彩香が家に遊びに行きたいと言ってきた。
「そろそろ試験なの。勉強教えてぇ」
部屋にくると、甘い声でぶら下がるように腕に抱きついてきた。
なんだ、やる気まんまんじゃん。キスをしながら胸を服の上からなでると、吐息が漏れた。スカートの下から太腿を指でなぞり、パンティから手を滑らせると性器はもうしとどに濡れていた。
処女じゃないとは思っていたが、身体はすでに女として開発されていたようだ。指もするッと入った。伸は下半身裸になり、前戯もそこそこに挿入した。グッと押しこむと中が締め付けてきた。脚を大きく開き、乳首を舐めあげると、しがみつかれた。だんだん早くなる動きに合わせて喘ぎ声が小刻みになる。感覚が研ぎ澄まされ、耳は性器をこすりつけあう音と喘ぎ声を拾う。目はじっとイキ顔を見つめていた。高校生とは思えない色気だ。
「勉強するの?」
セックスしたあと服を着て、ソファに腰かけた。たぶん、しないだろうなと思いながらも聞いてみた。
「ううん、しない。それよりお腹すいちゃった。マックいかない?」
マックに行って二人でけだるくハンバーガーを食べた。身体で会話した後のせいか、話すこともたいしてない。
二人のデートはだいたいそんなふうだった。抱いて、ファーストフードで何か食べて、手をつないで駅まで送る。たまに映画を見るくらいだったか。
エスカレーター式の女子高の彩香に受験の心配はない。伸は受験勉強が本格化し、2年の2月からはかなり真剣にやりだしていた。気持ちは低体温のままだったが、塾等で忙しくても、やりたくなると、無理して時間をつくった。ノーラのようにトキメクこともなく、微熱程度の温度だった。
もうこの年で恋愛に醒めちゃったんだろうか。
お互い、最低限のレベルをクリアしていればとっかえのきく相手。
この娘もいつか身を焦がすような恋愛をするんだろうか。
自分の彼女なのにどこか他人事の伸である。
築地を回って、浅草、最後にライトアップされた上野公園に連れて行った時だった。
ソメイヨシノの下、ノーラの上気した横顔はとても美しく、髪についた花びらをそっと取ると、指先が火のように熱くなった。
ノーラは少し照れたような顔で、ありがとうと言った。そして、
「日本の桜を見たかったの。すごいキレイだわ。どうして日本人はお花見をするの?」
定番の質問がきた。文化の違いだよなぁ。探梅、花見、観菊、紅葉狩り。季節を感じる習慣。逆になんでお宅の国は花を見に行かないんだ。
適当に故事来歴を伝えたが、結局のところ、『なぜ山に登るか』みたいな質問だ。
二人をホテルまで送り、彩香と二人きりになった。抱きたい気持ちもあったが、高校生にとってはもう遅い時間だ。
「今日はありがと。帰るか」
彩香はこくりと頷いた。なんだかむっつりしている。
「疲れた?」
英語があまり話せない彩香にとっては苦痛だったかもしれない。ギュッと手を握ると、サッと振り払われた。
「彩香?」
「伸は、あの人が好きなのね」
上目づかいでキッと睨まれた。いつもほわほわ、何も考えてなさそうなので甘く見ていた。
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