第一話「腐った世界との決別」

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 目の前のリヴァイアサンに勝てる気がしない。  魔剣ブラムリット? 魔剣なんて初めて握ったし、こんな二本の片刃の剣を合体させて無理矢理、両刃剣にしたような奇妙な魔剣に何の意味がある?  スティンガーは、ヨロヨロと歩きながら、剣を中段に構えてヤケクソに叫んだ。 「……良い加減にしやがれ! どいつもこいつも、オレに迷惑な使命を押し付けんな!! オレはただ、ただ……勇者という生物兵器じゃなくて、普通の人間になりたかっただけだボケェ!!」  スティンガーは中段の構えから、右脇構えと言って、体を半身にして、剣の柄を右の腰骨に付けて、刀身を体で隠して、相手から見たら剣が見えない構えを取った。  右脇構えの別名は『(よう)の構え』。  つまり、スティンガーは無意識に、今度こそ太陽のような光を自分の手で掴み取ろうと思い、自然と右脇構えとなったのだ。  リヴァイアサンが、その巨大な顎を開けて突進してくる。  しかし、スティンガーは右脇構えの体勢から動こうとしない。 (落ち着け、この技は相手の攻撃を引き寄せてから使う技だ。少しでもタイミングを間違ったら死ぬ)  残り数メートル。  歩幅で言えば、残り六歩で届く距離。  その距離を、リヴァイアサンが音速に近い速度で突進してくる。  本来なら、歩幅とか距離とか計算してる場合ではないが、スティンガー程の剣士になると、脳ではなく直感で相手との間合いを測る事ができる。  スティンガーの中でカウントダウンが始まる。  残り、五、四。  リヴァイアサンから放たれる風圧で花畑から大量の花びらが舞う中、スティンガーはリヴァイアサンだけを見ていた。  三、二。  リヴァイアサンの牙がスティンガーの左肩の肉に喰い込んだ瞬間だった。  リヴァイアサンの口が激しく閉じたが、そこにスティンガーの姿は無く、何もない空を噛んだと同時に、リヴァイアサンの濁った赤い瞳には、ずっとスティンガーの体に隠れていた剣が太陽のように上段まで昇って、刀身が光り輝く姿が映った。 「単剣勢法八本目『虎武理(とらぶり)』!!」  虎武理、この技は、敢えて待ちの構えを取って、自分の左肩を斬らせるつもりで相手が斬り掛かった瞬間に右に飛び違えて上段から相手を一刀両断する技だ。 「Gaaaaaaa!!」  リヴァイアサンから鼓膜が破れそうな悲鳴が(とどろ)く。  虎武理は相手に防御させる暇すら与えずに致命的な一撃(クリティカルヒット)を与える技。  リヴァイアサンの首を半分だけ切断したが、まだ薄皮一枚だけ繋がってる状態のリヴァイアサンは、噛みつき攻撃ではなく、魔法を使い始めた。  リヴァイアサンの口の前で魔法陣が展開される中、スティンガーは残された力でリヴァイアサンの口の中に魔剣を突き刺した。 「魔法なんか使わせるか!! このまま爆死しやがれ!!」  人間もそうだが、どんな動物でも喉の奥まで物を突っ込まれたら、どれだけ強靭な顎を持つ生物でも、その咬筋力(こうきんりょく)は何一つ役に立たなくなる。  急に口の中に剣を突っ込まれ、リヴァイアサンの魔法がキャンセルされたせいで、リヴァイアサンの口の中で魔法が暴発して、リヴァイアサンの口から煙が吹き上がって横たわる中、スティンガーは魔剣を逆手に握って、リヴァイアサンの顔面に何度も剣を突き刺した。 「クソが! 死ね! クタバレ! 二度とオレに楯突くな!!」  とても勇者らしいトドメの刺し方に見えないが、これはスティンガーの剣の師匠の教えだった。 『良いかスティンガー、相手を倒したら絶対に気を抜かず残心(ざんしん)をして警戒しろ。世の中には、首を斬られても残された力で懸命に戦う意志のある剣士やモンスターが居る。それで相手が勝手に死ぬのを見るのも良いが、確実に相手を殺したい場合はこうしろ』  スティンガーの脳内で、スティンガーの剣の師匠の言葉が再生される。 『人間の場合は最低十三回トドメを刺せ。大型モンスターの場合は三十六回刺せ。生き物と言うのは、創作と違って、そこまで刺し殺さないと簡単には死なないものじゃよ』 「死ね! さっさと死ねよ! このバケモノが! 早く財宝になりやがれクソッタレがぁ!!」  師匠の言い付け通り、いや、それ以上の回数トドメを刺し続けて、ようやくリヴァイアサンの巨木のような肉体が黒くなったと思ったら、黄金に輝く財宝の山が出現した。  それを見た瞬間、やっとスティンガーの手が止まって、スティンガーは大の字に後ろに倒れた。 「はぁ、はぁ、はぁ」  本来なら動けない肉体を脳内のアドレナリン頼みで動かしてた反動で、スティンガーには立ち上がる力が残されてなかった。  すると、魔剣ブラムリットが、再び人間の少年の姿になって、スティンガーの顔を覗き込んでいた。 「うんうん! 泥臭くて荒っぽい剣だけどワイルドな感じがして気に入った! 君をボクのご主人様として認めるよ!」 「あーそうかよ、ソイツはどーも……むぐっ!?」  完全に油断していたスティンガーの(くちびる)に、ブラムリットの柔らかい唇が重なった。
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