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涙雨(なみだあめ)
僧侶が木魚を打つ。
私は義理の両親と共に喪主席に座り、焼香を上げていく参列者に頭を下げ続けている。
この数日間、ほとんど眠れていない。
あれほど欲しかった一人の時間を、今の自分は持て余している。
だから、周囲に気付かれないように、会場に響く啜り泣く声に紛れさせて、彼への皮肉を吐き捨てた。
「…隆二のバカ」
言葉にした瞬間、一筋の雫が私の頬を伝った。
どうして涙が出るのかわからないのに、今度は反対の瞳から追いかける。
これではまた彼に、『お前が泣くな』と怒られる。
そこでようやく気が付いた。
彼はもう、私のことを見つけてはくれない。
泣いていても、怒っていても、私がどんな態度を取っても、前みたいに向き合ってはくれない。
彼はもう、どこにもいない。
確かに私は、あなたを自身の世界から消そうとした。
けれど、この世界からあなたを消したかったわけじゃない。
誰が『居眠り運転で池に車ごと入れ』なんて言ったんだ。
やはり、私の旦那は大バカだ。
でも、本当はわかっている。
彼が居眠り運転などしないことを。
私が彼を消したのだ。
今更になって、彼ともう一度話がしたいだなんて思ってしまう。
もう一度手を繋いで抱き締め合って、昔みたいには出来ないかもしれないけれど、二人の歩幅で辿々しくても良いから一緒に歩きたい。
隆二が消えた世界に、私の嗚咽が儚く響いた。
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