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第1章〜ヒロインたちが並行世界で待っているようですよ〜①
「雄司、起きて。遅刻しちゃうよ……」
ぼんやりとした意識のなかで、聞きなじみのある声がする。
続いて、掛け布団をゆするような感触を覚えた直後、
「ほら、もうこんな時間だよ!」
と言って、三葉が、スマホの待ち受け画面のデジタル時計を指し示す。
ディスプレイには、AM 7:40という文字列が表示されていた。
たしかに、今すぐにでも布団から出ないと始業時間には間に合わないのだが……。
「う〜ん……三葉……あと、5分……」
羽毛布団と毛布という完全な耐寒装備にくるまりながら返事をすると、彼女は、
「な〜に、ベタなこと言ってるの!?」
と応じたあと、
「いい加減、起っきろ〜〜〜!!」
と、我が愛しの防寒具を思い切り剥ぎ取りやがった。
「うお〜〜〜〜寒い〜〜〜〜」
絶叫するオレに向かって、幼なじみにて交際相手である女子生徒は、満面の笑みで宣言する。
「どう? 目が醒めたでしょ? 起きたら、さっさと支度する!」
十五分後――――――。
2分で着替えを終えて、5分で身支度を整え、8分で朝食の準備と摂取を完遂すると、リビングのソファで母親と談笑している三葉に、「お待たせ」と声をかけると、彼女の代わりに母が返事を返してくる。
「雄司! 三葉ちゃんを待たせるなんて、ホント、あんたって子は……」
「いえいえ、司サン。彼のこういうところには、もう慣れましたから」
母の小言に対して、三葉が穏やかな笑みを浮かべながら、オレの代わりに返答した。
(ちなみに、我が家の母親は、オレの友人や知人に対して、司さん、と名前で呼ぶことを求めている)
「はぁ〜……なんて、いい子なんだろう……ホント、うちの子にはもったいない……三葉ちゃん、不甲斐ない息子だけど、今日もよろしくね」
小学生からの付き合いである女子生徒の言葉に感激する母親の姿を少々うとましく感じながら、声をかける。
「それじゃ、そろそろ行くわ」
時刻は、午前8時前――――――。
やや早足で学校に向かえば、十分、始業のチャイムに間に合う時間だ。
「まったく……親の前では猫を被りやがって……」
玄関を出てから、隣を歩く幼なじみの横顔に視線を送りながら語りかけると、彼女は素知らぬ顔で返答する。
「なに言ってるの? 『母親と親しく話せる彼女は金のワラジを履いてでも探せ』って、昔から良く言うでしょ? 雄司は、もっと、わたしに感謝すべきじゃない?」
「その感謝すべき相手に、真冬の朝に布団を引っ剥がされてもか? あと、金の草鞋を履いて探すのは、『年上の女房』だ!」
いけしゃあしゃあと、良くわからない持論を展開する彼女には、秒でツッコミを入れておく。
「あれ? そうだっけ? ま、なんにしても、雄司の感謝が足りていないことに変わりはないでしょ? 幼なじみのとびきり可愛い美少女が、ベッドまで起こしに来るなんて……こんな、サービス滅多にないんだからね?」
「いつの時代のアニメのセリフだよ!?」
オレが、再び反射的に発した言葉にクスクスと笑いながら、「兄さん、相変わらずツッコミが上手いですな〜」と語る彼女の表情は、この時間を心から楽しんでいるように感じられた。
そして、なにより――――――。
やや早足で隣を歩く三葉に対して、悪態をつきながらツッコミを入れているかく言うオレも、こうして彼女と過ごせる幸せを噛み締めていた。
三葉とこんな風に会話を交わしながら登校できるなんて、半年前までは考えられなかった。
今から、六ヶ月前の夏休み直前のこと――――――。
オレはとある出来事がキッカケで事故に遭い、入院を余儀なくされた。
数日間、(と言っても昏睡状態だったため、個人の体感的には一瞬の出来事だったのだが)意識不明だった状態から目が醒めると、オレには不思議な能力が備わっていた。
事故のときに真っ先に地面に叩きつけられたと思われる後頭部のあたりをさすると、意識が宇宙空間のような場所に飛び、目の前には、巨大な青い惑星が浮かんでいたのだ!
病室であることも忘れ、思わず叫び声をあげながら、地球そのものに見える巨大な球体を振り払おうとして右手を大きく動かすと、球体は勢いよく回り始めた。
さらに、パニックになったオレは、タッチスクリーンのような手触りの透明の壁のあらゆる場所を無造作にタッチすると、タブレットやスマホのアプリケーションのように、画面を閉じるアイコンに触れたのか、目の前のスクリーンは一瞬でかき消え、三人部屋の病室の光景が広がった。
突然の出来事に驚いて呼吸が荒くなり、肩で息をするオレのようすを見守っているのは、主治医の岡田先生と、うちの母親、そして、見舞いに来てくれていたという、後輩の浅倉桃だった。
ベッドの上で急に取り乱すようすを見せたオレの言動は、医者にも家族にも見舞い人にも、事故に遭ったショックが原因と見られたようだ。
その後、脳や身体全体の精密検査などが行われたが、特に異常は見られなかったということで、すんなりと退院が認められた。そして、翌日から夏季休暇に突入するという時期的な幸運もあって、オレは、高校二年の貴重な夏休みを目一杯つかって、病室で起こった不思議な現象を究明することにした。
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