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第11話
周の部屋は思ったよりも荒れていた。おそらくホストクラブで着ているだろう、値の張るスーツや黒いワイシャツ、シルバーのアクセサリーなどが無造作にソファの上や床に放り出されている。周はソファの上に投げ出されていた洋服たちを手で脇に払うと、誠のほうを振り返った。
「いま飲み物用意するんで、適当に座っちゃってください」
周に促されるまま、誠はおそるおそるソファに腰を下ろす。ソファは思ったよりも体重で沈み込み、誠は危うく後ろへひっくり返るところだった。
「酒飲みますか? 炭酸水もありますけど」
キッチンで冷蔵庫を漁りながら、周が尋ねてくる。到底酒を飲む気分ではなかった誠は「炭酸水で」と短く返した。
バタン、と冷蔵庫を閉じる音がして周がリビングに戻ってくる。右手には炭酸水のペットボトル、左手にはハイボールの缶が握られている。
「お前、まだ飲むのか」
「店で飲んだ分はノーカウントですよ」
誠に炭酸水のペットボトルを手渡し、周は缶のプルタブを引く。立ったまま、ぐいぐいと勢いよくハイボールを流し込んでいる周を見ながら、誠はまたしても彼の健康が心配になった。反らした喉で、喉仏が上下に動いている。誠は目をそらし、ペットボトルのキャップを開けて、口をつけた。
しゅわしゅわと小気味いい炭酸が喉を滑り落ちていく。店で高いシャンパンを飲んだ後でも、炭酸水の味は変わらない。炭酸水に味がなくて良かったと思う。いまの自分は、緊張のせいか味もわからないような状態なのだから。
炭酸の刺激で少しだけ頭がクリアになったが、脳裏にはいまだにエレベーターでの出来事がこびりついている。あれは悪い冗談じゃないのか? 酔っ払って、自分を他の誰かと間違えただけではないのか?
本人に聞けばいい。でも、それができない。聞けるならとっくに聞いている。誠は警戒する猫のように、見えない毛を逆立たせながら周を観察した。周はハイボールの缶を持ったまま、ソファのほうへ近づいてくる。
「隣、座っても?」
誠の返事など、最初から期待していなかったように周は言いながら、誠の隣に座る。その強引さに脳がバグを起こす。見た目は周なのに、中身は天音のようなのだ。酒のせいか、ホストクラブへ出勤した後はいつもそうなのか、周の中では天音の影がくすぶっている。それが時折、表に顔を出してくるのだ。
話のタネを探すように室内を見回してみる。家具や家電は最小限、黒い革張りのソファに大型のテレビとガラステーブルがあるだけだ。オープンキッチンで、リビングから見る限り、キッチンはリビングと比べると片付いているように見える。単純に自炊をする時間がないだけかもしれないが。
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