第12話

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第12話

 まんじりともしない夜が明け、(まこと)はもたれかかって眠っていたソファから身を起こした。深くは眠れなかったが、何度かうとうとしていたらしい。窓の外は明るくなっている。ベッドを使う気にはなれなかった。(しゅう)が戻ってきた時、寝る場所がないと困ると思ったからだ。  しかし、周は帰って来なかった。リビングはしんと静まり返っており、誠は一応確認のために寝室も覗いたが、彼の姿はどこにもなかった。後味の悪い夜明けだ。口の中に広がる苦味に顔をしかめながら、誠は立ち上がる。  すでに始発の電車も運行を開始している時間だったため、誠はそっと周の部屋を出た。鍵の心配をしたが、玄関の鍵はオートロックらしく、誠が扉を閉めると施錠される音が廊下に虚しく響いた。  朝の風はうっすらと冷たく、まとまりきらない頭を冷やしてくれる。誠はなにも考えないように、黙々と駅までの道を歩き通した。いまさら、なにかを考える気にはなれなかった。 ◇ ◇ ◇  土日の休みを悶々としながら過ごし、ちっとも休んだ気になれないまま、月曜日を迎える。だらけたがる身体に鞭を入れ、無理やり朝食のトーストとコーヒーを胃に流し込む。  自分はどんな顔をして、会社で周と会えばいいのだろうか。周はまた、誠とのことなどなにもなかったかのように振る舞うのだろうか。それはそれで、誠は居心地が悪い。かといって、急に会社でも馴れ馴れしく接されるのも、周りから疑問のまなざしで見られることになる。  どっちに転んでも正解ではない。丸く収めるためには、やはり自分のほうから周に話しかけるべきだ。ホストクラブでのことも、金曜日の一夜のことも、すべてなかったことにして。ただの部下として、周と接する。それが一番に違いない。  誠が決意を固めて出社すると、フロアの雰囲気がわずかに変わっているような感覚を覚えた。いつもと変わらない日のはずなのに、肌がざらつくような緊張感が漂っている。朝礼前はあちこちで雑談が交わされており、賑やかなフロアも今日だけは皆、ひそひそとした囁きが飛び交うだけだ。  誠はフロアの隅に同僚の梶山(かじやま)の姿を見つけ、片手を挙げて挨拶をした。誠に気づいた梶山が小走りで駆け寄ってくる。 「おい、和泉(いずみ)がお偉いさん方に連れて行かれたぞ」  いまもっとも聞きたいようでいて、できれば他人の口からは聞きたくない名前が飛び出す。心臓がドクリと跳ね、口からこぼれ出そうになる。 「和泉が? なんかやらかしたのか?」  平静を装ったつもりだったが、わずかに語尾が震える。梶山はそれを直属の部下が連行されたことによる緊張と取ったらしい。 「お前は関係なさそうだから安心しろ」と梶山が声をひそめてフォローしてくれるが、なんの慰めにもならない。誠ははやる気持ちを抑えつけるようにして深呼吸をした。握った手の内側が、冷や汗でじっとりと濡れている。  梶山はことさらに声をひそめ、周りの様子を窺いながら口を開いた。 「和泉の奴、ホストクラブで副業していたのがバレたって」
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