第12話

2/2
94人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
 萎えそうになる膝にぐっと力を入れる。どうしてバレた? なぜあれが、周だとわかった? 上の連中はいつから知っていた?  梶山を問い詰めたくなる気持ちをぐっとこらえる。いまはなにを言っても墓穴を掘りそうな感じがするのだ。周が天音(あまね)としてホストクラブで名を馳せているのは、誠と周の――ふたりだけの秘密ではなかったのか。一体、いつ、どこでバレたのか。 「ホストクラブの裏口から和泉が出てくるところを見たって人が何人かいるらしいんだよ。それに、店のSNSにも和泉に似たホストが映ってたって――」  誠は梶山の話を最後まで聞かずに駆け出していた。たしかに周は、天音ではなく和泉周の姿で店から出ていた。店のホストも言っていたではないか。「いつか絶対、会社にバレることになる」と。  天音が和泉周だと気づくのは、自分だけだと思っていた。他の人間は、まさか周がホストをやっているなどとは想像もしないだろうと楽観視していたのだ。もっと早く忠告しておけばよかった。周ではなく天音の姿で店から出てくるべきだと言えばよかった。  後悔を滲ませながら、手当たり次第に会議室のドアを開けていく。まだ朝礼前で、どの会議室もガラ空きだ。けれど、絶対どこかに周はいる。お偉いさん方に呼び出されたのなら、どこか手近な会議室で話をしているはずだ。  跳ねるようにして階段を駆け上がり、ひとつ上のフロアに入る。階段に一番近い会議室のドアを開けた瞬間、望んでいない光景が目に飛び込んできた。  周を呼び出したと思しき上司たちが、入口に顔を向けて座っている。こちらに背を向け、うずくまるようにして座っているのが周だ。その背中はいつもよりさらに小さく見え、老婆のように丸まっている。  村谷じゃないか、と上司の一人が声を上げた。丸まっていた周の背が少しだけ伸び、重たげに伏せられていた頭が控えめにこちらを振り向く。いつもにも増して色濃い目の下の隈に、すべてを覆い隠す前髪。黒縁眼鏡はズレて斜めになっている。 「どうしたんだ、急用か?」  村谷の直属の上司がちらりと周を見てから、誠に声をかけてくる。誠は弾む息を整えながら、周の様子を窺った。疲れ切った顔からは感情が読み取れない。諦めなのか、それとも抗弁する意欲もないのか、むっつりと唇を引き結んだまま、宙を見つめている。 「私の部下に、不手際があったと梶山から聞きまして」  そうだ、周は直属の部下だ。直属の部下が上司に隠れて副業をしていたなら、当然ここへ話を聞きに来る権利はある。問題は、誠が周の副業を知り、黙殺していたことだが。 「ああ、ちょうどその話をしていたんだよ。和泉くんが夜のお店で副業をしているという噂が社内で回っていてね。本人に事実確認を――」 「すみませんでした」  上司の口が閉じきらないうちに、誠は深々と頭を下げた。はっと、周が息を呑む音がする。  誠はすでに覚悟を決めていた。自分が周にしてやれることは、これしかない。 「和泉が副業をしていたのは、私の指示です。処分されるべきは和泉ではなく、私です」
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!