第13話

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第13話

 どういうことだ、と一人が声を上げたのを皮切りに、戸惑いのさざめきが(まこと)を包んでいった。誠は声が収まるのを待ってから、ゆっくりと伏せていた頭を上げた。  中央に座っているのは、営業部の部長だ。隣には誠と(しゅう)の、直属の上司である課長もいる。  誠の腹は、この会議室の扉を開けた時から決まっていた。周の顔を一瞥し、まっすぐに前を見据える。 「どういうことか、説明できるか」  課長が皆を代表するように誠に問いかけた。足の横で握りしめた手が、汗で冷たくなっている。気づかれないように深呼吸をして、息を整える。周のほうは、なるべく見ないようにした。彼がいまから誠の言うことを聞いてどんな顔をするか、知りたくなかったから。 「和泉が夜の店――いわゆるホストクラブで副業を(おこな)っていたのは、私の指示です」  本当か? と疑り深い目をしている課長から目をそらす。 「私は和泉(いずみ)のコミュニケーション能力が著しく低く、仕事に支障を来しているのではないかと憂慮していました。ある時、和泉と昼食に行った際に冗談で『コミュニケーション力を磨くためにホストでもやったらどうか』といった趣旨の発言をしました。真面目な和泉は私の冗談を本気の上司命令だと受け取り、実際にホストクラブで勤務をしていた次第です」  誠は周りの面々が余計な口を挟んでくる前に、一気に言い切った。 「では村谷(むらや)は和泉が副業をしていたことを知っていて、黙認していたということか?」  部長が重々しく、口を開く。誠は軽くうなずいて肯定する。 「おっしゃる通りです。すべての責任は私にあります。彼は……和泉は私の指示に従っただけです」  会議室を重苦しい沈黙が満たした。皆、どこから手をつけていいものか、反応に困っているようでもある。誠は周の顔を見なかった。ただ心の中で、この茶番に乗ってくれと願っただけだ。 「村谷の話は本当か、和泉」  課長の鋭い視線が、背中を縮めてうつむく周を捉える。 「和泉、俺が悪かった。本当のことを言っていいから」  周の小さな背中に声をかける。どうか、俺の意思を汲んでくれ。  誠はいまさらながら、気づいたのだ。周が天音(あまね)としてホストクラブで振る舞っている姿が好きだ、と。天音として生きる周は日常のしがらみから解放されたかのように伸びやかで、誠はその姿をずっと眺めていたいと思った。どうしようもなく、惹かれている。周に、天音に――その二面性のある生き方に。 「……本当です」  か細く、蚊の鳴くような声が沈黙を打ち破った。周が顔を上げる。最後まで、誠は周の顔を見なかった。 「村谷さんが上司命令だと言ったので……俺は嫌々ホストクラブで働いていました」
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