第13話

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 上司と部下という上下関係が存在したことも功を奏し、誠の目論見通りに事は進んだ。すべては村谷誠が、和泉周に強要したことであって、周は被害者だということ。誠は周の直属の上司にあたる。禁止されている副業を強要したことはパワハラにあたるのではないか、という上層部の判断によって、誠は二週間の自宅謹慎を言い渡された。二週間のうちに、誠の処遇が決められるという。  周に対しては、簡単な注意だけで済んだらしい。ただのアルバイトなら注意を受けることもなかったかもしれないが、いくら上司に強要されたからといってホストクラブで働き、店のSNSにまで登場していたことは重く見られた。減給などの処分はないと聞いて、誠はホッと胸を撫で下ろした。周のことは守ることができたというわけだ。  はじめの一週間は少し長い休暇だと思い気楽に楽しんでいたが、徐々に周のことが気になりだした。彼はいつも通り出社しているのだろうか。会社で変な噂を立てられてはいないだろうか。もう天音としてホストクラブで勤務することはないのだろうか。周は……天音として生きることをやめてしまったのだろうか。  自分の処遇を心配するべきなのに、頭に浮かんでくるのはいつも周のことだった。それほどまでに、誠は自分が周に執着していたことに気づき、自分で驚いたくらいだ。自分の会社での立場を犠牲にしても、周を守ってやりたかった。彼が彼らしく生きていける場所を、守ってやりたかった。  周の家を尋ねてみようか、と思ったこともある。けれど、のこのこと彼の家に行ってなにを言うべきかわからず、誠は家とコンビニの往復だけで日々の時間を食いつぶした。  自宅謹慎を言い渡されてから十日が経とうとしていた平日の夜。  突如として、誠の家のインターホンが鳴った。出前は頼んでいないし、宅配便が来るようなこともない。時刻を見れば二十三時を過ぎようとしている頃。こんな時間に飛び込みの営業か?  訝しみながら、インターホンに備えつけられたモニターで来訪者を確認する。  詰まった息で、溺れそうになった。  震える手で応答ボタンを押す。 「はい」と答えた声は、何日も人との会話を絶っていたせいで掠れていた。 「村谷さん、俺です。和泉です。話したいことがあるんです」  ワックスでゆるく整えられ、センター分けにされた前髪。夜の闇を吸い込んだような、真っ黒な瞳。身体を包み込む、オーダーメイドの高級スーツ。手首にはシルバーのアクセサリーと腕時計が光っている。  まるで店から飛び出してきたような格好で――天音の姿をした周が、そこに立っていた。
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