第14話

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第14話

「なんで、来たんだよ」  (まこと)は自分が夢でも見ているのではないかと思った。それほどまでに、目の前の光景には現実味がない。  いつもは前髪で隠れている切れ長の瞳が、まっすぐに誠を見据えている。 「それはこっちの台詞ですよ」  (しゅう)が少し怒りをはらんだような声で答える。 「どうしてあんなこと言ったんですか? 村谷(むらや)さんが罪をかぶる必要なんて、どこにもなかったのに」  周は自分を責めるためだけに家まで押しかけて来たのだろうか。曖昧な感情を持て余す。嬉しいような、悲しいような、行き場のない気持ちが胸の中に渦巻いている。 「お前、店は……」  誠は混乱するあまり、なにもかもをすっ飛ばしてそう尋ねていた。誠の願いはただひとつ。これからも周が天音(あまね)としてなんのしがらみもなく生きていけること。それだけだ。  周は今度こそ呆れたように肩をすくめた。 「辞めてませんよ。というか、店長から引き止めに遭って辞められないんです」  それはそうだろう。天音は店で一番の売上を誇るNo.1ホストだ。一番の稼ぎ頭をそうやすやすと手放すわけがない。 「良かった」 「……え?」  ぽつりと漏れ出た本心に、周が眉をひそめる。 「良かった。お前の居場所が、まだちゃんとあって」  眉をひそめていた周が、はっと目を見開く。  誠は花のような香りがする、香水の甘ったるい匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。周のつけている香水の香り。夜の香り。天音の匂い。誠がどうしても失いたくないと思ったものがここにある。いますぐ手を伸ばして、掴みたかった。もう二度と、手放さないように。ずっと手元に置いておけるように。 「村谷さんはどうするんですか……仕事、クビになるかもしれないって聞きましたけど」 「俺のことなんか気にするな。俺がやりたくてやったことなんだから」 「じゃあこの際だから聞きますけど」  周は言いながら、するりと玄関ドアの隙間から身を滑らせてきた。彼の背後でドアが閉まる。狭い玄関の中、至近距離で周と対面する。香水の香りに混じって、ほのかにアルコールと煙草の匂いが香る。 「村谷さんは天音としての俺しか好きじゃないんですか?」 「そ、れは……」  思いがけない質問に、言葉が詰まる。 「ホストをやってる天音が好きだから、かばってくれた――」 「違う!」  手を伸ばせば、すぐそこに周の肩がある。触れられる。手を伸ばす。細くて、少し頼りないその両肩を掴む。 「俺は、お前のことが好きだ」
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