第1話

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 誠は現実逃避のようにそんなことを思いながら、自分のデスクへ着いた。朝礼前に簡単に社内メールを確認し、今日の予定を頭の中で組み立てる。  朝礼の五分前、誠がフロアを見回すと、ちょうど自分の席へ着いた和泉周と目が合った。周は誠と視線が合ったとわかると、前髪で隠れた目をすがめて会釈をした。コンビニですれ違ったのは、二十分ほど前だったと記憶している。コンビニと会社は徒歩で五分も離れていないが、彼は今までどこでなにをしていたのだろうか?  いや、部下のプライベートにとやかく言う必要はない。これが遅刻なら一言言うべきだろうが、げんに周はきちんと朝礼に間に合っている。全体的に動きがのろく、動作がもっさりとしている。まるで年代物のパソコンのように古めかしさを感じる動きだ。  陰鬱という文字を体現したかのような周の姿に、誠は思わず苦笑いをした。営業部には基本的に明るい人間が、人と話すことを苦としない人間が多い。飲み会も頻繁に行われ、部署全体の仲も良い。  唯一、その輪から外れているのが周だった。飲み会はいつ誘っても断り、昼食も一人で黙々とデスクで取っている。他人との会話は最小限、残業をしている姿もめったに見かけたことがない。しかし、仕事ができないというわけではない。営業成績は並で、誠が教育を担当した部下の中でも平均中の平均だ。  外では上手くやっているのだろうか。営業にはある程度のコミュニケーション力が必要だが、周の姿を見ているとコミュニケーション力の「コ」の字すら見当たらないようだが。 「おはよう、村谷」  周を見て思考に耽っているところを、ばっさりと男の声が打ち切った。ぼんやりと顔を上げると、同僚の梶山(かじやま)がこちらを見ている。 「あ、ああ……。おはよう」 「なんだよ、考え事か?」  梶山の言葉にゆるりと首を振る。本人がすぐそばにいるのに、部下の行く末を心配していたなどと言えるわけがない。 「まあ……ちょっとな」  ふうん、と梶山は気のない返事をした。それから、誠をデスクに近寄ってきて、ぐっと顔を寄せてくる。 「なあ、お前。今日の夜、暇か?」 「飲みの誘いか?」 「ああ、いや……」  梶山は誰かに話を聞かれることを恐れるように辺りを見回すと、より一層声をひそめた。ほとんど囁き声に近い声量で、梶山が言う。 「村谷、お前ホストクラブとか興味ある?」
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