※アフター:夜空を越えて

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※アフター:夜空を越えて

 店を出ると、午前一時を過ぎていた。アルコールで火照った肌を、涼しい夜風が撫でていく。いくら週末といえど、(まこと)はすでに眠りに就いている頃だろう。  会社を辞め、ホストクラブでの仕事一本でやっていくと決めてから二ヶ月が経った。正社員に未練はあったし、完全に夜の世界に染まってしまうことに抵抗もあった。なにより、仕事を辞めたら自分は誠の部下ではなくなる。彼と一緒に仕事ができなくなるのが一番耐えがたかった。  けれど、本当のことを話さなければ、誠は職場復帰ができなくなる。誠が自分の将来をなげうってまで守ってくれたものを、(あまね)はそうやすやすと捨てることができなかった。 「あれ、お前タクシーは?」  同僚のホストが声をかけてくる。周は首を振ると、同僚に背を向けた。なんだか無性に歩いて帰りたい気分だった。  人気(ひとけ)のない道をぶらぶらと歩く。ホストクラブから誠の家まではだいぶ距離があるが、酔い覚ましにはちょうどいい。高いシャンパンの味に慣れてしまった。ラストソングを歌うことにも、慣れきってしまった。昔のような憧れはもうない。いま周の中にあるのは、誠に失望されたくないという思いと、夜の世界を泳ぎ切るだけの情熱だった。  酔ってはいるが、自分がどこに向かっているのか、なにを考えているのかはわかる。家に帰ったらシャワーを浴びて、着替えなければならないということも理解している。仕事帰りの周を見る誠の目は、羨望と嫉妬が入り混じっているから。夜の匂いを、家の中までは持ち込みたくなかった。 「ただいまー……」  小さな声で呟きながら、明かりの灯っていない部屋に入る。案の定、誠はすでに眠った後のようだ。さっさとシャワーを浴びて、早く寝室に行こう。いまから眠れば、最低でも五時間は誠と一緒にいられる。 「ん……」  真っ暗闇のリビングから寝ぼけた声が聞こえ、周は飛び上がるほど驚いた。暗闇に目をこらしてみると、ソファの上になにかがうずくまっている。  周はそっと部屋の隅まで行くと、間接照明を付けた。リビングがオレンジ色の淡い光で満たされる。  ソファの上で膝を折り、猫のように丸まって眠っているのは誠だった。周の帰りを待つ間にここで眠ってしまったのだろうか。脱いだスーツはソファの背にかけられ、テーブルの上には飲みかけらしきビールの缶がある。 「誠さん」  周はソファの傍らに膝をついて、誠の名を呼んだ。固く閉じられていた目がうっすらと開き、ぼんやりとした顔の誠が周を見やる。遠くへ行っていた焦点が、次第に周の元へ集まってくる。 「……おかえり」
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