97人が本棚に入れています
本棚に追加
第3話
天音が去ったあと、数人のホストが入れ替わり立ち替わり席について接客してくれたが、天音のような一瞬で心惹かれる華を持つようなホストはいなかった。
彼は特別だ。同性の自分ですら天音のことを魅力的だと思うのだから、女性たちはもっと彼に魅了され、彼のためならばと財布の紐をゆるめるのだろう。
誠は無意識に昨夜の夢のような時間のことを思い出し、首を振って脳裏に浮かぶ数々の言葉や出来事を振り払った。
誠がここまでホストクラブに興味を持ったのには、訳がある。閉店間際、再度テーブルに着いた天音が囁いたのだ。
――村谷さんって、僕のタイプなんすよね。
それが売れっ子ホストなりの、社交辞令だということはわかっている。きっと、彼は誰に対しても愛を囁くように、簡単にそんなことを言っているのだろう。誠だって、彼の言葉を本気にしているわけではない。第一、天音は自分と同性だ。相手が女性なら舞い上がることもあっただろうが、同性にタイプだと言われて素直に受け取れるほど、誠は能天気な人間ではない。
それでも、なぜ。どうしてこんなにも天音のことが気になるのだろう。魅力あるホストというのは、異性だけでなく、同性までもを虜にするような人間なのだろうか。
いや、もう考えるのはよそう。それに梶山に誘われて仕方なくホストクラブへの同行を許しただけで、誠はもう二度とあそこへは行かないと思っている。自分には縁のない世界だ。いくら見目が良くても、同性に貢ぐ趣味はない。
誠はふと、パソコンの画面から目を離した。会議用の資料を作っているうちに、午前中はあっという間に過ぎ去ったようだ。時刻はすでに昼を回り、ちらほらとデスクにも空席が見える。
ぐるりとフロアの中に視線を巡らせていた時、誠の目は一点で引き付けられた。部下の和泉周だ。誠のデスクからちょうど見える位置に、周のデスクがある。彼は仕事をするわけでもなく、かといって昼食へ出かけようとしている様子も、自分のデスクで弁当を広げる様子もない。ただ、ぼうっとそこに座っているようだ。周の顔色は色白というよりも青白く、不健康さが目立っている。それほど激務でもないはずだが、目の下の隈が色濃く、疲労を映し出しているようだった。
そういえば今朝は、コンビニで周の姿を見かけなかった。ほぼ毎日、出社前にコンビニで顔を合わせるものの、誠は周に社外で話しかけたことはほぼない。というか、一度もない。部下の様子は逐一把握しているつもりだったが、はたして周のことはどうだっただろうか。彼がいま受け持っている顧客のことすら、自分はろくに知らないのではないだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!