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でも、できることならば大切な春の儀式を、人間だけに独り占めしてほしくはありません。自分達昆虫だって、春の訪れを楽しむ権利はあるのですから。
「……仕方ねえなあ」
アルフの言葉に、はあ、とチェリーはため息をついて言いました。
「お前と、お前の仲間たち。足腰は丈夫か?高いところは怖くないか?」
「え?……う、うん。僕達、餌を探すために高い場所に登ることも少なくないから、そういうのも得意だけど、なんで?」
「こっちに来てみろ。俺様だけが知ってる、特別な場所だ」
来い、とチェリーは羽根をひらひらさせて飛んでいきます。アルフは不思議そうに思いながら、アルフのあとを追いかけて桜の幹を登り始めました。かなりの距離がありますが、小さな頃から木登りは大の得意なのです。これくらいはへっちゃらです。
「見ろ」
そして、チェリーが案内してくれたのは、大きな木の枝の上でした。
わあ、とアルフは声を上げます。
周囲には、今にも開きそうなたくさんの可愛らしいつぼみ。そして、桜の木の上からは青い青い空と、人間達の町の色鮮やかな屋根、その向こうに広がる広い海が見えています。海の水面は、太陽の光にキラキラと輝いてまるで宝石のようです。
「ここは、俺様だけが知ってる特等席なんだ」
チェリーは嬉しそうに笑って、木の枝の上に座ってみせました。
「お前ら蟻なら、たくさん乗ってもこの枝が折れるなんてことはねえだろう。この桜の木はとっても丈夫だからな。……お前らが花見をしたいってなら、特別にこの席を貸してやる」
「ほ、ほんと!?」
「ああ」
「ありがとう、チェリー!」
嬉しくなって、アルフはチェリーに六本の足で抱き着きました。
「もちろん、今年は君も参加するよね?……妖精の友達なんだって、僕、君のことをみんなに紹介するよ!」
「俺を友達にしてくれるのか?」
「もちろんさ!一緒にお花見を楽しもう!」
アルフは知りませんでした。チェリーが、この桜の木ができてからずっと一人で桜を守ってきたことを。
友達だ、と言った時。彼の顔が泣きそうに笑っていたことも。
「……ありがとよ。一緒にしようぜ、お花見」
それから。
桜が咲くその日までアルフは仲間たちに木登りの練習をしてもらいました。そして本番の日、たくさんの御馳走を枝の上に運んで、みんなでお花見をすることができたのです。
満開の桜の下、人間達もシートを敷いてお花見をしています。彼等もきっと、お花見を楽しんでいることでしょう。しかし。
――ふふふふふ、僕達の方がずっと、桜の木と空に近いところで楽しんでるんだもんね!
アルフはちょっとした優越感を感じながら、ピンクの花吹雪の中で笑ったのでした。
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